last revised 2021.2 / 2020.3.
吉村洋介
入門化学実験

入門化学実験のこと

はじまり

全学共通科目の化学実験の改変に関する資料(2004年12月)から。 実験1と2を統合した後、 「両実験を履修している学生にとって、教育の質低下とならない取り組みが必要」

2006年から全学共通科目の化学実験(教養課程の化学実験)が大きく変わりました。 当時まで実施されていた、それぞれ半期の実験1(1回生向け。無機定性分析)と実験2(2回生向け。有機化学・物理化学実験の初歩)が統合され、 半期の「基礎化学実験」(1回生向け)として実施されることになったのです。 この結果、実験1のみを取っていた理学部の学生層(主に将来化学系以外、物理など志望する学生)にとっては、 有機化学や物理化学的な実験にも触れられることになったわけですが、 実験1・実験2ともに取っていた学生層(主に将来化学系を志望する学生)にとっては、 全体に内容の薄いものになりました。 そしてその不足を補うのは、(あからさま形では語られなかったようですが)総合人間学部ではなくて理学部化学教室ということになりました。

というところで、それなりに代替案はあったようですが、 実施場所・担当教員の関係もあって、内容が量子化学計算を柱とする座学に偏ったもので、 また全体に化学教室の熱意も薄かったようで、 実施に至りませんでした。 2007年にぼくが、学生実験の担当になったのは、 そういう教員の側の不作為の中、2回生段階の学生への対応が宙に浮いていた時でした。 ここではそうした中から、どのように今の「入門化学実験」ができてきたか、 少し振り返ってみようと思います。

目指したもの

ぼくは2回生向けの実験を構成するにあたって、 理学部という「ゆるやかな専門化」を掲げる場では、 科学一般を志す学生に開かれた化学を志向しなければいけないと考えて来ましたし、 その気持ちは今も変わりません。 でもこうした考え方は、化学教室の空気の中では、 外向けの「きれいごと」ととらえられがちです。 理学部の中で他の系に比べて人気のない化学に人を囲い込みたい、 実際のところ、そういういささかさもしい意図抜きに、 2回生向けの実験に場所と金、そして人を割くなどという話が、 化学教室ですんなり受け入れられるものではありません。 また学生の方でも、 そんな風に考えているように見えることがあります。 けれどもそれなら、それぞれの研究室のお得意の出し物をやってみせればよい。 でもそれは今の化学教室の見本市ではあっても、 広く化学全体を見渡すもの、 将来の化学の芽を育むものとはならないでしょう。

大学生になるまで十分に触れることのかなわなかった化学の世界に、 実際に触れ、感じ、考える。 化学との距離を縮め、”化学を呼吸する”中で、誰もに「化学への愛」を持ってもらえる機会を与える場として、 2回生向けの化学実験があってほしいと願っています。 それはきっと、みんなの世界を豊かにしてくれるはず。 そしてその中で無論、 化学のプロが育ってくれてよいのですが、 「化学の好きな数学者」なりが育ち、 10年、20年、あるいはもっと先に、 思いもよらない化学を作り、化学を豊かにしてくれることを期待しています。

実験室・定員など

実験室。上から局所排気用のダクトパイプと電源コンセントが降りてくる。

「化学を呼吸する」というわけですが、 実際に設計するに当たっては、部屋や時間割、予算といった、外的な制約条件を詰めておかねばなりません。 当時、学生実験用の部屋として、 3回生実験の分析や有機の合成実験に使う大実験室(使用可能面積は 200 m2ぐらい)と、 同じ建屋の違う棟(6号館北棟)に3回生実験の物理化学・物性化学の実験に使う「測定実験室」(6号館369号室。2スパン相当。60 m2ぐらい)がありました。 この「測定実験室」(369号室)は利用頻度が低く、年間2か月程度、週に学生が20人ぐらい実験する程度でした。 これが現在の入門化学実験の部屋になります。

当初は3回生実験で使用しない日時を縫って、 2回生実験をやる方向を考えていました。 けれども3回生の実験の物理・物性化学実験のスタイルが変わり(これもぼくが担当になって最初に手を焼いたところ)、 少人数でやっていた実験課題の見直しを行った関係で、 3回生実験で測定実験室は使用しない方向になり、 現在のように2回生実験用の実験室の形に落ち着いています。

「測定実験室」を2回生の実験用に使用するようにした関係で、 各実験机(共通机を除いて、1.8 m×1.2 m 程度の机が5台)に水道やガスの設備が付いていません。 そこらへんをどのように補っていくかが、 実際に実験を設計する上での留意点です。 なお出発当初は局所排気装置がなかったのですが、 教育環境改善経費を得て、部屋に不釣り合いなドラフトが2台あったのを1台に減らして、 後から(2012年度)各机に局所排気装置を取り付けました。 時間的には従来の全学共通科目の2回生向け学生実験を念頭に、 週1回3・4限で半期ということにしました。

場所と時間が決まったところで、 定員・収容人数が問題です。 当初の議論では3回生の化学系の定員並みに 60 という意見もありました。 また以前の全学共通科目の実験2で理学部の履修者数は 50 であったとのことでした。 一方 369 号室では一度に 20人がいいところです (以前試しに22人受け入れたことがあります。 わずかなことのようですが、準備や当日の実験が大混乱で懲りました)。 履修希望者がいったい何人いるか分かりませんが、 振り出しに返って、3回生実験で使用する大実験室で、 3回生実験をやっていない木・金曜日に2回生実験を行うという案も検討しました。 しかし3回生実験では2週にわたる実験課題があること、 そして何より、化学系の3回生にとって大実験室が自分たちの居場所であるということから、 大実験室は3回生実験用に固定すべきだと判断しました。

というところで、教員の負担は増えるが、 履修希望者数を見ながら、 何回かに分けて同一内容で実施するという方針を取ることにしました。 当初は後期1回で始め、 内容が固まってくれば、前期後期、何回か実施して、 収容人員を増やしていこうという作戦です。 曜日は2回生向けの講義の少なそうな月曜午後ということで考えていたのですが、 実際に世話する人間(ぼく)の空き時間から、 3回生実験のない、 金曜日ということで始めることになりました。

名称は「初級化学実験」と「入門化学実験」という2案あったのですが、 階梯を踏んでいくイメージの強い「初級化学実験」ではなく、 最終「入門化学実験」に落ち着きました(確か当時の竹腰教科委員長の案)。 そしていささか時間はかかりましたが、話をはじめて1年半、 2009年度の後期から、入門化学実験を開始する運びになりました。

実験課題の構成

おおよその大枠は決まってきたわけですが、 肝心なのは、学生に伝えたい「化学」の具体的な形、実験課題です。 どのような課題構成をとるか、ここはいろいろ悩みました。 まずは次のような方針を取りました。

そこから一緒に2回生実験の立ち上げに加わっていただいた今城文雄さん、 奥山弘さんともあれこれ相談して、2008年の9月に何とかできた課題の案は次の通り:

  1. 無機化学・元素の化学
    1. 液体窒素と空気:温度の測定。液体酸素の製造と性質。
    2. 典型元素の性質と反応:イオウの化学・リンの化学
    3. 無機化合物の合成と性質:Co、Cr錯体の合成
  2. 相平衡・物質分離の化学
    1. 精油の抽出と反応/カフェインの抽出・分離
    2. 結晶化による物質分離・ピクレート
    3. 凝固点降下・寒剤
    4. アミノ酸のペーパークロマトグラフィー
  3. 電気・コロイドの化学
    1. 電気分解・ボルタンメトリー/酸化還元電位
    2. コロイド溶液の凝析
    3. レーヨンの製造と染色
  4. 有機化学・化学反応の世界
    1. キンヒドロンの合成とpH測定
    2. ショ糖の転化(旋光度・フェーリング反応・銀鏡反応)
    3. 光化学反応:ベンゾフェノンの光還元
    4. 化学振動反応/自己触媒反応

この大まかな4部構成「無機・元素」「物質分離」「電気」「有機・反応」は今も引きずっています。 課題設定が窮屈になるので、 あまりこの大枠にはこだわらないことにしていますが、 たぶん電気化学・コロイド化学を、 全体の中の1つの柱として位置づけているのは、特徴といえるでしょう。 これは現在の化学教室に欠けているけれども、 われわれの身近な生活、また化学全体を見渡した時、大事な分野であると考えたからです。 またかつては活発な電気化学の拠点がここにあったという、 ちょっと感傷的な気分もありました。

ここにいたるまでに、いくつもの課題が消えていきました。 個人的に印象に残っているのは、ケミカルライト、気体の熱伝導度、精油の水蒸気蒸留といったところでしょうか。 ともあれこうした課題をまとめて2008年の秋、化学の教科委員会、 理学部の教務委員会の承認を得て、 教務連絡に次の文章が掲載されました:

また2009年度から2回生配当実習科目として入門化学実験が開設された。履修には事前の登録が必要である。詳細は6月ごろに掲示する。

入門化学実験(後期2単位)
さまざまな基礎的、基本的な化学現象を実際に観察・操作する機会を提供する実習科目である。 大きく(1)無機化学・元素の化学、(2)相平衡・物質分離の化学、(3)電気・コロイドの化学、(4)有機化学・化学反応の世界という構成をとるが、 できるだけ分野横断的な視点を大事にして進める。カフェインの抽出・精製あるいはセルロースの染色など身近な化学現象を積極的に取り入れ、 装置の自作の要素も折り込みながら、これまで化学実験になじみのなかった諸君、将来化学を専門としない諸君にも、 化学の広がりと実験手法を体験してもらえる場となるであろう。

こうしてひと段落付いたわけですが、 先に挙げた課題構成には、その後、さらに改変が加わり、 実際に実施した2009年秋の初回の入門化学実験のメニューは次の通りでした:

構想に当たった教員メンバーの”長老”、今城文雄さん。 実験室で説明しているところ

「最初の実験」という課題は、 実験テキストには載せていませんが、雰囲気に慣れてもらう意味で、 顔合わせ当日、プリントを配布して実施しました (2013年度からはテキストに掲載。当時は炎色反応と空気の分子量測定)。 1Caと1Cb のコバルトと銅は、学生の希望による選択制としました (現在選択制は取っていません。だいたい2年ぐらいで入れ替えています)。 これらの課題の中、2Cと4A以外は、現行の課題構成に残っています。

2Cのグリーン・ケミストリー指向の有機合成は、今城さんお薦めの無溶媒の有機合成反応です (Rap-Stoermer 縮合。K.Yoshizawa, et al, Green Chem. 5, 353 (2003))。 反応自体は溶媒を使わないので「green」で、反応の進行を IR で追え、 時間的にも入門化学実験の枠で収まります。 ただし後処理にいささか難があり(どこが「green」だ!)、 今城さんが2011年度で定年退職されて主導する人がいなくなり、現在はお蔵入り。 4Aのキンヒドロンの実験は、分析化学で習う Nernst の式を実際に適用するという点で興味深いのですが、 全体の日程がタイトで、現在は実施していません。

ここまでの入門化学実験

というわけで出発した入門化学実験ですが、 この10年ばかりの間にいろいろありました。 まずは履修希望者の推移と、 実施体制を紹介しましょう。

右図には2009年度から2019年度までの、履修希望者数の推移を示します。 最初は後期金曜の午後3・4限で出発。 履修希望者が40人ぐらいは来そうな感触を受けて、 2011年度には前期後期の金曜3・4限に同一内容で2回開講することにしました。 そして希望者の増加を受けて、2015年度から前期は金曜のみ、後期は木曜、金曜の2回、 同一内容で3回開講にしました。 それが2017年度には希望者が急減。 これを受けて2017年度は後期金曜を閉講とし、 2018年度も希望者が回復しないことから同様に後期金曜を閉講。 2019年度からは正式に前期金曜、後期木曜2回開講の形にしました。

2017年度以降の希望者減少は残念ではありますが、 実施する側からすると、同じ内容で3回やるのは、 さすがに疲れます(特に後期、木金、2日続けてやるのは、器具や試薬は使いまわせばいいのですが、 心理的にきつい)。 実験課題を設計した専任のぼくが担当しているうちは、まだいいでしょうが、 今後、他のスタッフに引き継いでいく分には、たぶん持たなくなるでしょう。 前後期1回ずつ、同一内容で開講というのが、よい線なのかもしれません。

なお2017年度以降の希望者減の背景にはいろんな要素があったと思います。 よく言われるように、取得単位数のルールの変更にともない、 「コスパ」の悪い実習系の科目が敬遠されるようになったことは、確かに大きな理由でしょう (この前年、教養の化学実験の履修者が急減)。 ただしそうした事態や学生の変化を前に、われわれ化学のスタッフが無策であったことには反省が必要です (この翌年、2018年度には3回生の化学系への登録者数も急減)。 2020年度は COVID-19 の関係で、入門化学実験は不開講という事になりましたが、 今後どう推移するかは不透明です。

入門化学実験のスタイル

  最初の説明会で示す標語

右は、最初、履修登録の際の説明会の時に例年ぼくが示す、入門化学実験の”スローガン”です。 このスローガンのように、 基本「化学クラブ」のノリで実験は実施することにしています。

「道草歓迎」で、いろいろ違ったやり方に挑戦してもらえることを期待しています。 例えば水酸化鉄コロイドを作るのに、 熱湯に塩化鉄(III)溶液を入れるのではなく、 水から煮立てて作ってみようなど、 大いに歓迎するところです。 また結構いろんな試薬の在庫があるので、 炎色反応でバリウムをやってみたい、 ドライアイス中で金属マグネシウムを燃やしてみたいなど、 やりたければ提供するようにしています。 ただ最近、そうした積極的な声があまり聞かれなくなったのは、 残念なところです。

実験は各机4人ずつで、2人組での実験を基本としています。 1人ずつの実験もよいのですが、 とんでもない失敗が起きがちで、 また自分の目の前のことしか見えなくて、観察が不十分になる傾向があるようです。 この点、2人だと相互チェックが働くので、 失敗の確率が随分減ります (手に手を取ってとんでもない失敗をすることもありますが)。 また細かい観察も行き届くようです。 ただ最近の傾向として、 2人では心もとないのか、4人組で実験しようとする学生が増えてきました。 これも学生諸君のやりたいようにさせているのですが、 どうしたことかと、ちょっと考えてしまいます (以前は1人でやりたいという学生が、いたりもしたのですが・・・)。

  発表会の様子(2016年7月22日)

なお当初は実験室に集合して、特に説明なしで、テキストを見て実験してもらう形をとっていました。 テキストも今は見開き2ページで、実験操作のページと解説のページになっていますが、 当初は実験操作だけで構成していました。 こちらとしては 「くどい解説を聞くより、自分の目で確かめろ」 みたいな感じだったのですが、 「何のことかさっぱりわからない」という声があり、 2013年度からテキストに解説のページを入れ、 実験前にセミナー室に集まってもらい、実験の解説を30分程度してから、 実験にかかるように改めています。 さらに年3回実施に移行した2015年度からは、 予習を促すためにA5 版のプリント1枚の「チェックシート」を配布するようにしました。 これは 2017年度後期からは PandA のクイズの形に移行しています。

また2014年度から「設置基準の厳格化」「単位の実質化」で、 ”フィードバック期間” などが置かれるのに対応して、 実験課題についての「発表会」を行うようにしました。 机ごと4人組で、やった12ぐらいの実験課題の中から1つ選んで、 自由に発表してもらうようにしています。 最近はたいていの学生さんが高校段階で発表の経験があり、 4人いるとたいてい PowerPoint を使いこなす学生が1人はいます。 また講義で聞きかじった話などを深堀りする学生も多く、 なかなか充実した発表会となっています (3回生の実験で「まとめの会」をやっていますが、 入門化学実験の発表会の方が充実しているように思えるのは何故でしょう?)。

学生諸君の声から

ぼくは学生アンケートで、 授業や実験の評価なりをするのには慎重でないといけないと思っています。 でもある種の”雰囲気”を感じ取るには有益でしょう。 ここでは、例年行う学生アンケートで、 「来年度入門化学実験を履修する人へのメッセージ」 という項目で、学生諸君から寄せられた回答(2018年度後期、2019年度後期)を紹介しておきます:

2018年度

2019年度


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