いちょう No. 99-7 99.10.14.

通産省当局は一昨年、独立行政法人化の構想が持ち上がったころから、一貫して独立行政法人化を熱心に進めてきました。この4~5月には、100人以上のスタッフを動員して、通産省としての独立行政法人の設計を行い、6月に工業技術院の15の研究所(物理量の標準を定める計量研究所までも!)を統合して単一の新しい独立行政法人にするという構想をまとめています。こうした流れの中で、現場では何が議論され、どんな動きがあったのか。今回のいちょうでは、統合独立行政法人化の対象とされた研究所の中の一つ、地質調査所の藤本さんの文章を紹介します。


独立行政法人化 地質調査所の経験

地質調査所地殻熱部 藤本 光一郎

地質調査所は通産省工業技術院に所属し、230名余の研究者を擁し、国内で唯一とも言える国立の地球科学の総合研究機関です。100年を越す歴史を持ち、国際的にも認知されています。しかしながら、2001年4月の独立行政法人化とともに、今の独立した研究機関ではなくなり、2500名の工学系の研究者が多数を占める新産業創出を主要な目的とする大きな産業技術の研究組織に含まれ、その中のいくつかの研究領域という形になります。こうした現場から、最近の国立大学の独立行政法人化の動きに接し、私たちの経験も参考になるのではと思い、文章を認めました。ひとことで言うならば、最初は甘い餌を夢見てふらふらと近づいていくと、いつのまにか餌はなくなっているということです。

独立行政法人化の甘い餌

私たちにとっての餌はいくつかありましたが、突き詰めると次の点になると言えます。

このようなことが独立行政法人化が表面化した2年前にはかなり公然と言われていました。多くの研究者にとって、研究機関が国立か法人かよりは、研究費や人の方が大きな問題であり、この餌に釣られた人も多くいました。私自身も、国立機関か独立行政法人であるかはそれほど大きな問題ではないと思っていました。

こうした中で研究所の将来の道筋を決定しなければならなかったわけであり、当時は、国立機関として残る、あるいは地質調査所で一つの独立行政法人になる、さらには通産省の傘下から離れるなどいくつかの可能性がありました。その時点で研究者や職員の声を充分に吸い上げたとは言えず、また、通産省からの有形無形の圧力もあったと聞きますが、多くの研究者は不安を持ちながらも先に述べたようなメリットもあって通産省(行革後は経済産業省)の元での独立行政法人化を受け入れざるをえなかったのだろうと思います。

一方、独立行政法人化へ向けて中堅研究者や事務職員をメンバ-とする工業技術院横断的なワ-キンググル-プが作られそこを中心に細部を詰める議論が行われました。しかし、議論が詰まっていくに従い、当初メリットとされていたことが幻想であったことが次第にはっきりしてきました。

外部資金で潤うか?

第1点目の外部資金導入についてですが、独立行政法人の最大の目的は、所管大臣の決めた目標を達成することです。所管大臣の決める目標は、自由な基礎研究などであるはずはなく、極めて行政目的のはっきりした技術課題になります。従って、その目標達成にとってプラスとならないことは決して歓迎されません。研究者が自主的に応募する例えば科技庁の予算などは通産省に取ってみれば、その分通産省としての行政目的の達成を遅らせるものと見えるわけです。現在より厳しく、定められた目標に対する専念義務が生じると言われています。また、そのような研究管理や目標や計画の設定などのために、研究現場の上に頭でっかちな研究の企画や管理組織を作るとされています。(もっともそれは通産官僚の格好の天下り先とも陰口を言われていますが。)このような方向では、少なくとも通産省においては、研究者の自由度は小さくなることは明らかだと思われます。

定員削減を逃れられるか?

第2点の定員削減についてですが、独立行政法人の定員は国会へ報告される事項であり、簡単に増やせるものではないと言われています。総数を増やすのではなく、管理者にとって、スクラップアンドビルドがやりやすくなるという話です。時流にのる研究はよいかもしれませんが、地味な基礎研究や法人の目的にそぐわない分野にとって、スクラップされる危険性が高くなります。地球科学は直接的に新産業の創出に結びつかないものであり、ある意味で私たちは格好のスクラップの対象になるのではと危惧を持っています。

現状はそんなに変わらない???

第3点についても、先に書いたような大規模な組織改編が行われようとしています。地質調査所では国土の基本的なデータである地質情報の蓄積に加え、資源・環境・防災などの社会的にも重要かつ大きな課題に対して応えるためには、地質学・地球物理学・地球化学などの様々なディシプリンを持つ人々の有機的な協力が必要であるという観点から、地質調査所に相当する現在のまとまりを新しい組織においても存続させることを大多数の職員の支持のもとに基本方針として来ました。しかし、他の研究所が全て解体再編する中で地質調査所だけが血を流さないのは不公平であるという議論が地質調査所の外に出ると圧倒的に強く、それぞれの分野の固有性や特殊性などは乱暴な組織論の前にほとんど省みられなかったのです。最終的な形態は決まっていないものの、先に述べたように地質調査所は実質的に解体されるといって過言ではないでしょう。また、その計画策定の方針がキャリア官僚の人事移動などに伴ってしばしば変わったり、情報が閉鎖的であったりして、決して闊達な議論が行われているわけではありません。残念なことに、議論の主体がワ-キンググル-プという、形の上は研究者主体の場で行われており(現実はオブザ-バのキャリア官僚が議論を実質的にリ-ドしていると言われています)、ある意味で研究者が分断されている状況も生まれています。

すべては幻想・・・・されど、もはや引き返せない

以上述べたように、最初の餌は全て幻想であったわけです。公務員減らしの犠牲を背負うのだからそれほどひどいことにはなるまいという甘い見通しのもと、どこかで適当な妥協点があるだろうという目論見ははずれました。妥協しようにもその材料が見当たらないのです。いや、本当は私たちが日々築き上げてきた研究成果や知識・判断力、あるいはそれに対する社会的な評価などが最大の私たちの売りになるはずですが、いざという時の政治的な妥協の材料にはならないことにある意味で愕然としました。もうここまで議論が進んできた以上引き返すわけには行かない状況になっています。工業技術院の廃止は既定路線であり、当初議論された省庁を超えた研究機関の再編も立ち消えて受け皿もない状況だからです。もっと前の段階で、つまり1-2年前の大枠の路線を決める段階で私たちの主張を強く訴えるべきだった、あるいは、一時的に研究環境の悪化はあっても通産省と対峙するか離れるべきだったと感じている研究者もいます。しかし、妥協路線にはいったのはトップだけの問題ではなく、それだけの気構えを持つ研究者が少ないところに根本的な問題があるのかもしれません。

リアルに議論し、軸足をどこに置くかを見据えよう

大学の状況を見ると、大枠の状況が決まるのはまさに今だと思います。文部省や国大協の路線は、当時の私たちの研究所の妥協路線と重なります。甘い幻想をもたずにリアルに議論すること、目先の研究費や研究環境ではなく、研究の軸足をどこに置くかをしっかりと見据えることが大切であることを訴えたいと思います。それ抜きに大学外の多くの人々を納得させることが難しいからです。ずるずると戻ることのできない妥協路線に陥る愚を犯していただきたくないと思います。

最後に、地質調査所の解体への道が作られた時の工業技術院のトップは地質調査所出身者でした。国立大学の独立行政法人化を進めようとしている文部省のトップも国立大学出身者だというのは、皮肉な巡り合わせではありますが決して偶然ではないと思います。


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