いちょう No. 95-26 96.7.11.

すでに何度かいちょうでも紹介してきましたが、科学技術基本法、ならびにそれに基づく科学技術基本計画は、これからの理学部を考える上できわめて重要です。たとえば技官問題についての文部省の対応は、科学技術基本計画待ちになっています。このほど、ようやくに政府の科学技術基本計画の全文が入手できましたので、取り急ぎ内容を紹介します。


科学技術基本計画について


科学技術基本計画は、科学技術基本法で定められたもの(第二章9条)で、科学技術会議において昨年11月来検討が続けられ、この6月に答申がなされ、7月2日に閣議決定されました。

基礎科学の重視

まず「基本計画」を見て感じるのは、「役に立つ」いわゆる“実学”のみならず“虚学”にも目配りがしてあることです。

「基礎研究の成果は、人類が共有し得る知的資産としてそれ自体価値を有するものであり、人類の文化の発展に貢献するとともに、国民に夢と誇りを与えるものである。・・・自然と人間に対する深い理解は、人類が自然との調和を維持しつつ発展を続ける大前提でもある。このような重要性にかんがみ、基礎研究を積極的に振興する。」(1章Ⅰ)

この基本的な視点は、単なる枕詞に終わっていません。基盤的資金(=研究者が経常的に使用できる研究資金及び研究開発施設・設備の運営に係る経費。校費に相当)の充実が、今さかんにもてはやされている「競争的資金」とならべて強調されていることからも、それは読み取れます。理学部にいる者としては、このあたり、大いに意を強くするところです。

トーンダウン

先のいちょう(6月20日号)の段階では、新聞で伝えられた「答申」の内容に則って、かなりな投資、処遇の改善が図られるもののようにお伝えしたのですが、閣議決定された文書では、大幅にトーンダウンしています。たとえば、「大学の研究者は定員削減の対象外にする」といった話はなくなって、「研究者及び研究支援者の確保を図るため、各種施策を通じ、これら要員の一層の拡充に努めるとともに、処遇の確保を図る。」(2章Ⅰ(1)-4)、といったきわめて一般的な表現に止められています。また「老朽化した国立大学の施設を今後10年で改築・改修する」といった話は、年限がなくなって「適時適切な改築、改修時期の調査検討を行いつつ、国立大学等の施設の整備を計画的に推進する」(2章Ⅱ(1)-1)となっている、という具合です。

これには、裏付けになる予算について、「平成8年度より12年度までの科学技術関係経費の総額の規模を約17兆円とすることが必要である」と、喜ばしておいて「一方、我が国財政の現状をみると、・・・財政を健全化させることが緊急課題となっている」ので、「毎年度の予算編成に当たって、・・・財政事情等を勘案するとともに、科学技術の振興に十分な配慮を行い、本計画に掲げる施策の推進に必要な経費の拡充を図っていくものとする」(1章Ⅴ)といった、これまた当たり障りのないところに落ち着いたことが影響しているようです。

安上がりで、効率よく

こうした目で全体を見てみると、「いかに安上がりで、効率のよい研究開発システムを構築するか」といった色彩が、いろんなところに見えてきます。ポスドク1万人計画の繰り上げ達成(2000年に8000人のところを2000年に1万人へ)というのは、安上がりな研究者の確保の方法ですし、研究支援者の安上がりな確保の方法は、身近にいる院生をリサーチアシスタント(RA)にすることです(ポスドク1万人計画などについてはいちょう2月22日号「来年度予算案に見る、院生への新しい処遇策」参照)。

研究支援職員は?

「いかに安く上げるか?」これが端的に表れているのは、「技術職員」「事務系職員」ということばが、それぞれ1回ずつしか、この「基本計画」には登場しないという事実でしょう(「職員」という単語自体、4回出てくるだけ)。このことばが出てくるのは、次の1節です。

「国立大学等及び国立試験研究機関において、実情に応じた研究支援部門の組織化促進及び研究支援業務の意義・役割を踏まえた処遇の確保を図りつつ、技術職員等を計画的に確保する。また、事務的業務の簡素化を進めるとともに、研修等を通じ、研究開発を円滑に進めるための事務系職員の資質の向上を図る。」(2章Ⅰ(1)-6)

この1節をどう読むか、難しいところです。技術職員の「業務の意義・役割を踏まえた処遇の確保」の内実は、何でしょうか?ただし少なくとも、事務系については人を増やすのではなく「簡素化」と「職員の資質の向上」、この2つで乗り切ろうとしているのは、はっきりしています。このあたりの事情は図書についても同様で

「電子図書館システムの研究開発を推進し、大学の図書館に電子図書館的機能の整備充実を進める。」(2章Ⅱ(3)-2)

とあるものの、だれが「整備充実」を担うのかについては、言及がありません。

「派遣技術者」「派遣支援者」

「職員」が背景に退き、「研究支援者」は見出しを除いて7回出てきます。特に、次の部分は注目されます。

「国立大学等において、研究者1人当たりの研究支援者数が、英・独・仏並みの約1人となることを目標として、研究者2人当たりの研究支援者数ができるだけ早期に約1人となるよう、大学院学生のリサーチ・アシスタント制度や高度な技能を有する外部人材の活用を図る研究支援推進事業の拡充等により、研究補助者及び技能者を新たに確保する。」(2章Ⅰ(1)-7イ)

「国立大学等及び国立試験研究機関における研究支援者に係る需給のニーズを踏まえ、民間事業者との契約を活用して研究支援者の確保を図る。」(2章Ⅰ(1)-7ウ)

この意味するところは、金属加工など、RAではカバーできない部分は、「派遣社員」で賄おうということでしょう。実際そのための法的な整備についての検討も課題として挙げられています。

「産学官の研究開発機関における研究開発業務に係る人材の円滑な確保のニーズを踏まえ、研究開発業務を労働者派遣事業が可能な業務とすることについて、中央職業安定審議会の意見を聴しつつ、所要の政令改正を行う。」(2章Ⅰ(1)-3)

これまで、時間雇用職員の形で、こうした人材の確保は考えられてきたと思います。それを人材派遣業とのタイアップによって解決しようとする施策の是非は、われわれとしてもよく考えてみる必要があるでしょう。またこれは、技術的な支援業務が想定されていますが、事務的な業務でも同様のことは考えられるかもしれません。また研究者についても、「派遣研究者」が構想されています(2章Ⅰ(2)-2)。

「厳正な評価」

教育・研究の評価の問題は、ここ十年ばかり、付属研究所の評価問題に端を発して、その後、大学改革の動きの中でさかんに議論された問題です。「基本計画」は、この問題について、かなり踏み込んでいます。

「・・・国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針を、平成8年度中に結論を得ることを目途に検討し、策定する。」(2章Ⅰ(3))

つまり、ぐずぐずやらず今年度中にけりをつけたいわけです。またこの評価は理学部の場合

「先端的な研究開発の業績について適切な評価を行い得る専門家は非常に数少ないため、・・・各機関の判断により、外部専門家による評価を導入することとする。」(2章Ⅰ(3)-3)

といったものになることが予想されます。

「なお、大学等については、自主性の尊重など大学等における研究の特性に十分配慮するものとする。」(2章Ⅰ(3))

という留保は付いているもの、どういう結果が出てくるか、機敏な対応が求められるでしょう。

おわりに

「科学技術基本法」は、われわれにとって“追い風”ですが、こと「定員」の問題になると、正面から攻めるにはガードは固いと言わざるを得ないようです。ただし、何かが始まろうとしています。「外部の人材の活用」を利用した新しい待遇改善策など、もっともっと、いろんな可能性の追求をしてもいいはずではないでしょうか。また「基本計画」については、任期付きのポストの問題(大学に導入するかどうかは、今回の「基本計画」では先送りになった)、学長の裁量で配分できる研究資金の拡充など、注目すべき論点が多数あり、今後とも大いに検討を進める必要があります。


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