2022.9
吉村洋介
化学実験 基本操作・測定

明るさと色光の表現

溶液や結晶の色などについていろいろ語られるわりに、化学の実験では、 明るさや色についてあまりつっこんで議論する機会がありません。 ここでは視感度と色の表現について、 カメラやディスプレイなどで出会う話を中心にかんたんに紹介します。

1.視感度と明るさの単位

図 1. 視感効率(明所視)

同じ量の放射エネルギーであっても、波長によって人間は検知できたりできなかったりします。 同様に同じ明るさに見えても、一般に波長によって放射エネルギーはちがいます。 このような人間の目の光の波長による放射エネルギーに対する感度(視感効率)の違いは古くから検討され、 国際照明委員会(CIE)が定めた標準的な人(測光標準観測者)の視感効率 \(V(\lambda)\) が広く用いられています (通常最大の視感効率となる波長の値でスケールします。 視感効率は条件によって変化しますが、図 1 に示すのは通常の条件のもの)。 視感効率は 555 nm付近(緑)で最大となり、700 nm(赤)での効率はその百分の1程度しかありません。

明るさに関わる種々の物理量はこの視感効率を考慮して定めた心理物理量 psychophysical quantity になっています。 測色(色度測定)colorimetry と呼ばれる分野では、 もっぱら視感効率を考慮して明るさが記述されます (熱測定 calorimetry と混同しないように)。 明るさの単位として、LED ランプなどの明るさの表示で見かけるルーメン lm がありますが、 これはランプから単位時間当たり放出される光のエネルギー(単位は J/s ≡ W)に視感効率をかけたもので、 555 nm 付近の単色光を 1 W 発するランプであれば 683 lm、 700 nm付近のランプであれば 2.8 lm の明るさということになります(光束 luminous flux。ろうそくの灯りがおよそ 10 lm 程度)。 光束がランプから出てくる光全体を扱っているのに対し、光度 luminous intensity は光源からある方向に射出される光のエネルギーを扱う概念で、 これが SI で基本単位を構成する心理物理量として採用され、 単位はカンデラ cd です(等方的に光を放出する光源であれば、光度は光束を 4π で割ったものです。 かつてろうそくの灯りを光度の単位に用いたのでこの名があります)。

日常生活の中でよく出会う「明るさ」の尺度として輝度と照度があります。 テレビのディスプレイを見て感じる明るさは、光源の面から出てくる光なので、光源の単位面積当たりの光度を考え、 これを輝度 luminance と呼びます(単位はcd m-2)。 PC のディスプレイは最大150 cd m-2 程度にすることが推奨されています(TCO'03)。 一方、食卓でご飯を照らす光の強さは、単位面積当たりに入射する光束であり、 これを照度 illuminance と呼びます(単位はルクス lx = lm m-2)。 直射日光の下の照度はおよそ 105 lx 程度、 通常の室内照明の下では 100~1000 lx 程度、 月明かりの夜で 0.1 lx 程度とされています。

2.色光とその表現 ~~ 三原色と等色関数

色と一口に言っても、色は人間の感覚によるもので、さまざまな側面があります。 たとえば白色結晶と無色結晶の色はどうちがうのでしょうか? あるいはアルミホイルなどの “銀色” は白色とどうちがうのでしょうか? ここではまずこのような人が感じ取る「色知覚 color perception」から物体の反射率や透明度、光沢といった要素を取り除いた、 「色感覚 color sensation」を取り上げます。 これは狭い穴からピントを合わせずに物体を眺めた状況を想像すればよいでしょう。 このような状況では光の強弱があっても、色の違いとしてはほとんど認識されません。 あるいは灰色と白色の違い、茶色と黄色の違いなどは問題になりません。

色感覚を生み出す光としては3種類あればよいことが知られています。 しばしば使われるのは赤(R) 緑(G) 青(B)の3原色の組み合わせで、 単位となる光刺激(原刺激 reference color stimuli)を \([R]_0\)、\([G]_0\)、\([B]_0\) で表すと、 それぞれを \(R\), \(G\), \(B\) の比率で混合することで (鏡などを用いて同時に目に送り込むことを考えればよいでしょう)、 ある光 \(Q\) による光刺激 \([Q]\) と区別のつかない(マッチングした)光を構成することができます。 これを次のように書くことにします。

\begin{equation} [Q] \sim R [R]_0 + G [G]_0 + B [B]_0 \label{eq:match0} \end{equation}

この係数 \((R, G, B)\) を三刺激値 tristimulus values と呼びます。 ここで2種類の光 Q1、Q2 についてそれぞれ R、G、B とマッチングさせた時の三刺激値を \((R_1, G_1, B_1)\)、\((R_2, G_2, B_2)\)とすると、 グラスマン Grassmann の法則と呼ばれる法則が成立することが知られていて、 Q1 と Q2 を混合した光について次の関係が成り立ちます。

\begin{equation} [Q_1 + Q_2] \sim (R_1 + R_2) [R]_0 + (G_1 + G_2) [G]_0 + (B_1 + B_2) [B]_0 \label{eq:grass} \end{equation}

こうしてある光による刺激は、3次元のベクトル空間(色空間 color space)の算法で扱うことができることになります。 それぞれの刺激の大きさは、基準となる明るさとスペクトルを持った光(通常白色光を取る)の刺激(基礎刺激)\([Q]_0\)に対し

\begin{equation} [Q]_0 \sim [R]_0 + [G]_0 + [B]_0 \label{eq:refst} \end{equation}

が成り立つように定めます。 また色を議論する上では光の強さよりは、三原色の成分の比が重要なので、 三刺激値についてそれぞれの寄与の割合(色度座標 chromaticity coordinate)\((r, g, b)\) が問題となります。

\begin{equation} r = R/(R + G + B),  g = G/(R + G + B),  b = B/(R + G + B) \label{eq:chco} \end{equation}

さて波長 \(\lambda\) の単位放射エネルギーを持った単色光による光刺激 \([Q(\lambda)]\) を考えた時、 この時の三刺激値 \((R, G, B)\) を \((\bar{r}(\lambda), \bar{g}(\lambda), \bar{b}(\lambda))\)で表し、 これを等色関数 color matching function と呼びます(記号が似ていますが色度座標ではないので注意):

\begin{equation} [Q(\lambda)] \sim \bar{r}(\lambda) [R]_0 + \bar{g}(\lambda) [G]_0 + \bar{b}(\lambda) [B]_0 \label{eq:rgbcomp} \end{equation}

等色関数を用いれば任意のエネルギースペクトル \(\phi(\lambda)\) を持った光について、 その光刺激 \([\phi(\lambda)]\) を次の形で、表すことができます。

\begin{equation} [\phi(\lambda)] \sim \langle \phi(\lambda) \bar{r}(\lambda) \rangle [R]_0 + \langle \phi(\lambda) \bar{g}(\lambda) \rangle [G]_0 + \langle \phi(\lambda) \bar{b}(\lambda) \rangle [B]_0 \label{eq:stdecomp} \end{equation}

ここで \(\langle f (\lambda) \rangle\) は積分 \(\int f(\lambda) \rmd \lambda\) を意味します。 この \eqref{eq:stdecomp} 式からも明らかに、異なるエネルギースペクトルを持った光であっても、 等色関数との積の積分が同じであれば、同じ色に見えることになります。 このことをメタメリズム(条件等色。元来 metamerism は有機化学などの構造異性のことでしたたが、 今ではもっぱら色彩学で用いられるています)と呼びます。 また色素の溶液を希釈した時、透過光強度のスペクトルは濃度に比例しないので(濃度の指数関数になります。ランベルト-ベールの法則)、 色味が違って見えることがあります。

3.RGB表色系

図 2. CIE RGB 表色系の等色関数

国際照明委員会(CIE)が定めたRGBの原刺激 \([R]_0\)、\([G]_0\)、\([B]_0\) は次のようなものです。

  1. R は 700 nm、G は 546.1 nm、B は 435.8 nm の単色光。
  2. 基礎刺激 \([Q]_0\) は等エネルギースペクトルの光(\(\phi(\lambda)\) が一定。 \eqref{eq:stdecomp} 式から \(\langle \bar{r}(\lambda) \rangle = \langle \bar{g}(\lambda) \rangle = \langle \bar{b}(\lambda) \rangle \))。

この時の原刺激の光束の比は視感効率を考慮した測色の単位(lm)では 1.000 : 4.5907 : 0.0601、 放射エネルギーの単位(W)では 72.0966 : 1.3791 : 1.000 になります。 この原刺激を用いて定められた等色関数は図 2 に示すようなものです。 ここで等色関数に負の値を取る部分が出現するのは、たとえば 500 nmの単色光はRGBの原刺激を加算的に混合するだけではマッチングできず、 500 nm の光に R の光刺激を混合した光について、G と B を混合した光とマッチングさせねばならないこと (500 nm付近の光が鮮やかすぎる)、に相当しています。

\begin{equation} [Q(500~ \mrm{nm})] + 0.071 [R]_0 \sim 0.085 [G]_0 + 0.048 [B]_0 \label{eq:match500} \end{equation}

このように等色関数が負の値を取るようになるので、 一般に3種類の光束を混合するだけではすべての色を再現することはできません。 このため3種類の光の加算的な重ね合わせで色を表現する、通常のデジカメ写真やテレビ・PCのディスプレイなどでは、 表現できる色の範囲の拡大、表現方式をめぐって今も多くの努力が重ねられています。

なお CIE では RGB 表色系で見た時に負の光刺激を持つような光 (虚色 imaginary color)を積極的に導入することで色を表現する XYZ 表色系を導入しています。 これは今日依拠すべき標準的な表色系として用いられています。

4.画像やディスプレイで用いられる RGB 値

PC のディスプレイなどで画像データをRGB値に基づいて表示する際、 ディスプレイへの入力信号の強度 \(x\) と画面の輝度 \(y\) とは比例せず、 次のようなべき乗関数で近似できることが知られています。

\begin{equation} y \propto x^\gamma \label{eq:gamma} \end{equation}

そこで最初から画像データの段階で RGB の値を調整することが一般に行われ、 センサーで検知した光の RGB 値 \(x\) を \(1/\gamma\) 乗したものを画像データとして扱うことが一般に行われます。 この際に行われる変換で使用される \(\gamma\) の値としては、 今日 2.2 を用いるのが標準的になっています(sRGB(standard RGB))。 PC などのディスプレイの調整画面や描画ソフト等でガンマ補正と呼ばれるものは、 機器の側のガンマ値が 2.2 から外れている場合に必要な補正と考えておけばよいでしょう。


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