2022.11
吉村洋介
化学実験 資料編

EDTA 錯体の生成定数と金属指示薬


エチレンジアミン四酢酸

EDTA(エチレンジアミン四酢酸)は、 キレート剤(コンプレクサン complexane (Komplexon®)とも。 工業的には金属封鎖剤などとも呼ばれます)の代表格で、キレート滴定で多用されます。 しばしば中性の分子種を H4Y と略記します。 塩基として考えると H5Y+ などという分子種もあり得ますが、 これは強酸で、通常は H4Y の解離平衡(H4Y ⇌ H+ + H3Y-)を 第 1 解離 pK1 として表します。 pK1 = 2.0 で以下 pK2 = 2.67、 pK3 = 6.16、 pK4 = 10.26 とされています。 後のキレート錯体の生成定数とも関わりますが pH 10 程度以上で Y4- が主要なイオン種になることは記憶しておいてよいことです。 ここでは種々の金属イオンとの EDTA のキレート錯体生成定数と、 キレート滴定の際に使用される指示薬(金属指示薬)についてまとめておきます (このページのデータは上野景平「キレート滴定法」、南江堂、改訂版 1972 によります)。

なお遊離酸 EDTA H4Y の固体は、常温で難溶性で(溶解度 0.3 mass% 程度)、 通常は二ナトリウム塩の二水塩 Na2H2Y·2H2O (Na2C10H14N2O8·2H2O) の形で使用されます。 二ナトリウム塩二水塩の結晶は常温で安定で、 純度の高い試薬が容易に入手できます。

1.EDTA 錯体の生成定数

EDTA は種々の金属イオンと 1:1 のキレートを生成します。 表 1 に EDTA のキレート生成反応

Mn+ + Y4- ⇌ MY(n-4)+

の平衡定数(安定度定数)の対数 log K をまとめました(20 °C、イオン強度 0.1 mol/L が中心)。

表 1.EDTA と種々の金属イオンのキレートの生成定数 log K
金属イオンlog K金属イオンlog K金属イオンlog K金属イオンlog K
Li+2.8Ca2+10.70Co2+16.31Cu2+18.80
Ag+7.32Mn2+13.79Zn2+16.50Hg2+21.80
Ba2+7.76Fe2+14.33Pb2+18.04Fe3+25.1
Mg2+8.69Al3+16.13Ni2+18.62Co3+36

2.金属指示薬

EDTA によるキレート滴定で、当量点を判別するのに金属指示薬と呼びれる指示薬を使用します。 金属指示薬 X は、金属イオン M と錯体 MX を作って変色します。

M + X ⇌ MX   KMX = [MX]/([M][X])

たいていの場合、金属イオンの種類によらず、MX は同じ色調を示します。 EDTA 濃度の変化に応じて遊離の金属イオン M が変化し、X と MX の濃度比が変化、 その色の変化を捉えて当量点を判別するわけです。 目視で判断することを考えると、典型的には [X] + [MX] は 10-6 mol/L のオーダーになります。 またそれが滴定で検知できる限界濃度です。

キレート滴定で金属イオン N を EDTA(Y と略記)で滴定することを考えます(N は必ずしも M と同じではない)。

N + Y ⇌ NY   KNY = [NY]/([N][Y])
M + Y ⇌ MY   KMY = [MY]/([M][Y]) (≫ KMX

金属指示薬 X が有効に機能するには、まず滴定初期に MX の形で存在している必要があります ([MX]/[X] = KMX[M]0 ≫ 1)。 そして EDTA を滴下していったとき、当量点近傍では N(や M)とキレートを作っていない EDTA の濃度 [Y] が増加し MX が減少する。 つまり MX + Y → X + MY の反応が進行し MX の色が消失します。 [MX]/[MY] = (KMX/KMY) ([X]/[Y]) ですから、 KMXKMY である必要があります。

こうした要件と同時に、pH によっても金属指示薬は変色します(X が M の代わりに H+ と結合する)。 また生成した MX の解離速度が遅いなどといった事態もあったりします。 金属指示藥の選定は、pH や滴定手法(逆滴定や置換滴定など)も含め、慎重に行う必要があり、 すでに膨大な研究が積み上げられています。 ここには学生実験と関わる金属指示薬について紹介します。

表 2.種々の金属指示薬と変色・使用 pH 領域、適用可能金属イオン
指示薬変色使用可能 pH*被滴定金属例**
EBT赤 → 青7 ~ 10Mg, Ca, Mn, Zn, [Co, Ni, Cu]
NN赤 → 青12 ~ Ca
XO赤 → 黄 ~ 6Zn, Pb, [Al]
Cu-PAN 赤紫 → 黄2 ~ 11 Al, Zn, Ni, Co,
* 指示薬の酸解離定数から想定される使用範囲。  ** [ ] 内は Zn 等による逆滴定法使用。
表 3.種々の金属指示薬と変色・使用 pH 領域、適用可能金属イオン
指示薬構造式特徴・代表的調製法
EBT
エリオクロムブラック T
? Cu, Ni などとは強く結合し容易に解離しない。溶液は不安定で酸化されやすい。
0.5 % のメタノール溶液に塩化ヒドロキシルアミン NH2OH·HCl を 4.5 % 加える。
NN
HSNN、NANA とも
? 水・アルコールに難溶。
色素結晶を硫酸カリウムの結晶と混和粉末にする(1:100 程度)。
XO
キシレノールオレンジ
? 通常二ナトリウム塩として市販。界面活性剤を併用して pH 11 程度まで使用可能となる。
0.1 %水溶液
PAN
1-ピリジルアゾ-2-ナフトール
? 水にほとんど不溶。Cu-PAN は、PAN と Cu の EDTA キレートを 1:10 程度で混合したもの。
0.1 % メタノール溶液。

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