2022.10
吉村洋介
化学実験 資料編

電解質溶液の電気伝導度

電解質溶液中の電流は空間的な電位 V の変化の度合い、電場に比例することが知られており(オームの法則)、 単位面積あたりの x 方向の電流 i (電流密度)は、i = -κ dV/dx で表されます。 この比例定数 κ を電気伝導度(電導度)と呼びます。 伝導度 κ はキャリアの濃度に比例することが期待され、 電気伝導度を電解質のモル濃度 c で割ったモル電気伝導度 Λ = κ/c が、 電解質を特徴づける量として議論されます。 また電気伝導度はキャリアの運ぶ電荷にも比例すると考えられるので、 Cpx+Aqy- 型の塩について(px = qy)、 Λeq = κ/(pxc) を当量(モル)電気伝導度 equivalent (molar) electrolytic conductivity と呼び、 今もしばしば用いられています(たとえば塩化カルシウム CaCl2 では、 当量電気伝導度はモル電気電導度の 1/2 です。 モル電気電導度として当量電気伝導度を記載する時、化学式が (1/2)CaCl2 と表記されます。 これは式量が 1/2 相当ということです。 なお本によっては Λeq を単に Λ としていることがあります)。

1.塩化カリウム水溶液の電気伝導度

電気伝導度を測定する際、装置定数(セル定数)を定めるのに、 精確な電気電導度 κ が定められている、質量モル濃度 0.01, 0.1, 1.0 mol/kg の塩化カリウム溶液を用います。 ここには 0, 15, 25 °C の値を示しておきます。 0 °C から 50 °C までの電気伝導度の温度依存性については、 IUPAC の技術レポートを参照してください。

なおコンダクタンスの単位 S(ジーメンス)は、認知度が低いようですが、抵抗の単位 Ω(オーム ohm)の逆数(1 S = 1 Ω-1)です。 古い本では ℧(モー mho)としてあったりします。

表 1.塩化カリウム標準溶液の電気伝導度
濃度/mol (kg-H2O)-1電気伝導率/S m-1
0 °C15 °C25 °C
1.06.34888.990010.8620
0.10.7116851.043711.28246
0.010.0772920.1141450.140823
純水の電気伝導度は室温付近で 5 × 10-6 S m-1 程度です (通常のイオン交換水は 1 × 10-4 S m-1 (= 1 μS cm-1) 程度)。 なおかつて 0 °C で 0.01, 0.1, 1.0 mol/L になるように決められた KCl 標準溶液が用いられた関係で、 71.1352 g-KCl/kg-溶液 といった濃度("demal" 単位。1 D, 0.1 D などと表記)が採用されていることがあります。 異なる KCl 濃度の電気伝導度については、 少し古いですが IUPAC の推奨値があります。

2.水中のイオンのモル電気伝導度(無限希釈)

電解質溶液のモル電気伝導度は、十分希薄な領域(無限希釈)では、 各構成イオンのモル電気伝導度の和になります(コールラウシュ Kohlrausch のイオンの独立移動の法則)。 表 2 には種々のイオンの無限希釈でのモル電気伝導度 λ° をまとめました (先に触れた当量電気伝導度の形になっています。 単位に S cm2 mol-1 を使うのは ”歴史と伝統” です。CRC Handbook 2012によります)。

各イオンのモル電気伝導度から、種々の塩の無限希釈での電気伝導度が得られますが、この値だけから、 0.01 mol/L(式量を 100 とすると 0.1 mass% 相当)程度の溶液でも、電気伝導度を 10 % 程度の精度で推定することは、 特に多価イオンについては困難です。 たとえば硫酸マグネシウムの 25 °C、0.01 mol/L の当量電気伝導度は 89 S cm2 mol-1 で、 無限希釈の値 133 S cm2 mol-1 より3割以上低くなります (ちなみに 0.001 mol/L でも 118 S cm2 mol-1 で1割以上低く、 0.1 mol/L では 57 S cm2 mol-1 で半分以下)。

表 2.水中のイオンの無限希釈のモル電気伝導度(25 °C)
イオンλ° / S cm2 mol-1イオンλ° / S cm2 mol-1
H+349.65OH-198
Li+38.66F-55.4
Na+50.08Cl-76.31
K+73.48Br-78.1
NH4+73.5I-76.8
Ag+61.9NO3-71.42
(1/2)Mg2+53.0ClO4-67.3
(1/2)Ca2+59.47CH3COO-40.9
(1/2)Cu2+53.6HCO3-44.5
(1/3)Al3+61(1/2)CO32-69.3
(1/3)[Co(NH3)6]3+101.9(1/2)SO42-80.0
各イオン単独で溶存する溶液は実現できませんが(電気的中性の原理)、 輸率をはかることで、カチオン、アニオンの寄与を決めることができます(電気泳動の実験を思い浮かべてもらうのがよいでしょう)。 なお電場がイオンに及ぼす力は電荷に比例するので、 λ° がイオンの電荷の大きさに比例しそうですが、事態はそれほど単純ではありません。

3.海水の電気伝導度と塩分濃度

海水には塩化ナトリウム以外、硫酸マグネシウム等種々の塩が溶存していて、塩分濃度の精確な定義は困難です。 現在ではもっぱら UNESCO の定めた、電気伝導度を用いた次式で定義される塩分スケール S が一般に用いられています (実用塩分目盛 practical salinity scale 1978 と呼ばれます。 日本海洋データセンターUNESCO Technical Paper in Marine Science の中に技術論文(No. 36)が収められています):

S = a0 + a1 K1/2 + a2 K + a3 K3/2 + a4 K2 + a5 K5/2

a0 = 0.0080, a1 = -0.1692, a2 = 25.3851, a3 = 14.0941, a4 = -7.0261, a5 = 2.7081)

ここで K は大気圧下 15 °C での海水の電気伝導度の、3.24356 mass% 塩化カリウム溶液の同条件での電気伝導度に対する比です。 係数は K = 1 のときに S = 35.0000 となるように定められていて、 かつての ‰(パーミル。1/1000)単位での塩分表記と整合させるようにしてあります。


「種々のデータ」のページへ