2022.10
吉村洋介
化学実験 資料編

種々の液体の蒸気圧

液体の蒸気圧に関わって、 よく知られたアントワーヌの式とそのパラメーター減圧時の沸点の推算についてまとめておきます。

1.アントワーヌの式

液体の蒸気圧 \(P\) の温度 \(T\) 依存性は、およそ 1 kPa~200 kPa程度の圧力範囲では、 次のアントワーヌ Antoine の式で精度よく表現できることが知られています (1 bar = 100 kPa = 0.98692 atm = 750.06 Torr。1 Torrは1 mmHg)。

\begin{equation} \log_{10} (P / \mrm{bar}) = A - \frac{B}{(T/ \mrm{K}) + C} \label{eq:antoine} \end{equation}

以下には種々の液体について、 通常沸点(蒸気圧が 1 atm になる温度)付近の蒸気圧データに対して定められたアントワーヌ式のパラメータをまとめておきます (NIST の webbook から)。 文献やハンドブック等を参照する時は、注目する温度領域、圧力・温度の単位の取り方などによって、 アントワーヌ式のパラメータの値が異なることに注意する必要があります(常用対数ではなく、自然対数を取っている場合もあります)。 NIST で集約された通常沸点 tb の値も付記しておきます。

なお 1 atm 付近は良いのですが、1 kPa 以下、200 kPa 以上にまで外挿すると、 とんでもない結果になることがあるので要注意です (そもそも気液の臨界現象は再現できません)。

表 1.種々の液体のアントワーヌ式のパラメーター
液体AB C / Ktb / °C
acetone4.424481312.253-32.44556.1 ±0.3
acetonitrile4.278731355.374-37.85381.6 ±0.3
aniline4.345411661.858-74.048184 ±2
benzene4.725831660.652-1.46180.1 ±0.3
carbon tetrachloride4.022911221.781-45.73976.6 ±0.1
chloroform4.207721233.129-40.95361.1 ±0.2
cyclohexane3.17125780.637-107.2980.7 ±0.2
dichloromethane3.973231016.865-56.62340 ±1
ethanol5.246771598.673-46.42478.3 ±0.2
ethyl acetate4.228091245.702-55.18977.0 ±0.2
ethyl ether4.022001062.640-44.9334.5 ±0.2
hexane4.002661171.530-48.78468.7 ±0.3
methanol5.204091581.341-33.5064.6 ±0.3
octane4.048671355.126-63.633125.5 ±0.5
1-propanol4.876011441.629-74.29997.1 ±0.5
2-propanol4.861001357.427-75.81482.3 ±0.4
sulfur dioxide3.48586668.225-72.252-8.9*
tetrahydrofuran4.121181202.942-46.81866 ±1
toluene4.078271343.943-53.773110.6 ±0.2
water4.65430 1435.264 -64.848100.02 ±0.04

熱化学的標準状態の取り方が「25 °C、1 bar」になった関係で、 以前、1 atm における沸点を「標準沸点 standard boiling point」としていたのを、 「通常沸点 normal boiling point」と呼んでいます。 今も 1 atm での沸点を標準沸点としているケースは多く、 その一方で律儀に 1 bar での沸点を標準沸点としている場合もあるので、注意が必要です。 なお表中 * を付けた二酸化イオウの沸点の値は、 アントワーヌの式から計算したものです。

2.沸点の推算


図 1. 減圧下の沸点を推算するノモグラフ (東京化成のカタログから孫引き。元はScience of Petroleum Vol. II, 1281 (1938))

古くから分子の成り立ちと蒸気圧、沸点の関係は検討されており、 特に有機化合物については多くの推算法が提案されています (液体物性の推算法については、 B.E. Poling, J.M. Prausnitz, J.P. O'Connell , "The Properties of Gases and Liquids," 5th, McGraw-Hill 2001. ISBN 9780070116825 が ”バイブル” といっても良いでしょう)。 ここでは減圧蒸留に関わって、1 atm での通常沸点から減圧下の沸点を推算する、 ”実践的” なノモグラフ nomograph (計算図表)を図 1 に紹介しておきます(通常の非会合性液体用のものです)。

たとえば通常沸点が 220 °C の物質を、分解を防ぐために 100 °C で蒸留したい場合、 図 1 の B 軸上の 220 °C の点と A 軸上の 100 °C の点を結ぶ直線を引き、 C 軸の交点約 2.1 kPa (16 Torr) まで減圧すればよいと推定するわけです。 なおweb上には、 シグマ-アルドリッチ(現メルク)のサイトのように、 このような推算を対話的に行うページもあります (「nomograph」で検索をかけてもヒットするようです)。


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