2021.7
吉村洋介

ここでは、以前、2015年の9月に京大の化学関係の技術職員の皆さんにお話した、 容量分析実験に関わる測定の誤差についてのはなしを紹介しようと思います。 当日お話ししなかった話題やその後の誤差をめぐる JIS の用語の改訂なども反映させて、 大幅に改訂しています。

容量分析と測定の精確さのはなし

今も大学の化学実験の最初に、 下記のような基礎的な容量分析の実験が組まれています。

【典型的な容量分析実験】

  1. シュウ酸標準溶液の調製
    シュウ酸を精秤し、メスフラスコを用いて、 0.05 mol/L シュウ酸標準溶液を100 mL 調製する。
  2. 水酸化ナトリウム溶液の標定
    シュウ酸標準溶械をホールピベットで精確に 10 mL、ビーカーに取り、 イオン交換水 20 mL を加えた後、 フェノールフタレイン指示薬を数滴加え、0.1 mol/L 水酸化ナトリウム溶液をビュレットから加えて滴定する。
  3. 塩酸の滴定
    試料の塩酸をホールピベットで精確に 10 mL、ビーカーに取り、 イオン交換水 20 mL を加えた後、 フェノールフタレイン指示薬を数滴加え、0.1 mol/L 水酸化ナトリウム溶液をビュレットから加えて滴定する。

中学や高校でも習うような実験で、 皆さんにとっては当たり前すぎて、欠伸が出るような話題かもしれません。 でも少し考えてみると、いろいろ疑問がわいてきます。 たとえば、塩酸の濃度を決めるだけなら、 酸塩基滴定の標準物質として炭酸ナトリウムを採用し、 炭酸ナトリウムの標準溶液を作って塩酸で滴定すれば、 1回の滴定で済んで、より精確な値が出るのではないでしょうか?

こうした疑問は、表に出ることは少ないですが、 実験を担当している教員さえ 「標定をやるのは、滴定の練習も兼ねて時間つぶしにやらせている」 と思っていることがあるようです。 しかしこの実験は 1/1000 の精確さを追求すべく巧妙に設計された、 非常に「教育的」なものになっています。 学生実験テキストなどには、 こうした根本的な疑問についての記述が見当たらないようですが、 ここでは、ぼくの理解の及ぶ範囲で、 その巧妙な仕掛けについて紹介しようと思います。


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