2020.5
吉村洋介
化学実験法II 問題集 最小2乗法 解説

問 8

8.表に示すのは 某K 大学の学生の A、B、2グループが、 0.20 mol/L の塩酸と0.10 mol/L の酢酸を、イオン交換水で2倍に希釈するごとにpHの値を測定した結果である。 1回希釈するごとに濃度が半分になるので、希釈のたびごとにpHは強酸であれば0.30、弱酸であれば0.15大きくなることが期待される。

0.20 mol/L 塩酸の希釈
希釈回数012345
A0.761.021.31.581.92.2
B0.971.281.561.862.142.45

0.10 mol/L 酢酸の希釈
希釈回数012345
A2.812.943.073.273.443.62
B2.983.133.263.463.63.72

8-1.なぜ希釈のたびごとに強酸の pH が 0.30、弱酸の pH は 0.15 大きくなることが期待されるかを簡潔に述べよ。

8-2.塩酸、酢酸それぞれについて、希釈回数 n に対しA、B 両グループの測定したpHの値をプロットせよ。

8-3.pH が n に対し pH = an + b という関係を満たすものとして、 最小2乗法を用い、A、B 両グループそれぞれについて、 塩酸、酢酸の場合のパラメーターa、bとその標準偏差を定めよ。 pH 測定の標準偏差を0.02 とする。

8-4. 最小2乗法で得た残差2乗和の期待値が分散の N - 2 倍になることから、これで測定値の分散を評価することができる。 こうして評価したpH測定の標準偏差を、それぞれの場合について求めて比較して見よ。

8-5.A、B両グループの測定結果の差異が、pH計の較正ミスによるもので、 測定値からある一定の値を差し引けばなくなるものとしよう。 この場合、A、B両グループについて、pH = an + bという関係式において a は共通で b が異なる取り扱いをして最小2乗法を適用すればよいと考えられる。 どのような取り扱いをすればよいか考察せよ。


解答例

8-1

強酸では完全解離が実現する結果(HA → H+ + A-)、 水の自己プロトリシスに由来する水素イオン濃度(pH 7)より、酸濃度 c(= [HA] + [A-])が十分高ければ pH は - log c/M にほぼ等しい(M = mol/L)。 したがって2倍に希釈した場合、pH は log 2 ≅ 0.30 大きくなる。 弱酸では、酸解離平衡 HA ↔ H+ + A- の解離定数 Ka に比べて酸濃度 c が大きければ、 (そして水の自己プロトリシスに由来する水素イオン濃度より、酸解離で生成する共役塩基濃度 [A-] が十分高ければ)

Ka [HA] ≈ Ka c = [H+][A-] ≈ [H+]2

の関係が成立し、pH については整理すると次式になる。

2 pH = pKa - log c

したがって2倍に希釈した場合、pH は (1/2) log 2 ≅ 0.15 大きくなる。

8-2

与えられたA、B 両グループのデータをプロットすると次のようになる。

0.2 M 塩酸の順次2倍希釈にともなうpH 変化 0.1 M 酢酸の順次2倍希釈にともなうpH 変化

8-3

与えられたデータを、それぞれ最小2乗法で直線に当てはめて、勾配 a と切片 b を求め、 それぞれのパラメータの標準偏差を、pH データの標準偏差を 0.02 として評価すると、次表のようになる(± 以下は標準偏差)。

HCl ab
A0.289 ± 0.0050.737 ± 0.014
B0.294 ± 0.0050.976 ± 0.014

AcOHab
A0.164 ± 0.0052.781 ± 0.014
B0.152 ± 0.0052.979 ± 0.014

なおパラメーターの標準偏差は、使用したデータの希釈回数と、想定した pH データの標準偏差で決まるので、 今回の場合、塩酸と酢酸、グループ A と B で、勾配 a と切片 b の標準偏差は同じものになる。

8-4

残差2乗和の最小値 Smin は Syy - [a Sxy + b Sy] で与えられる。 ここから pH の標本分散を Smin/ (N - 2) で評価して得た、 pH の標本標準偏差 σ(eval) を次の表に示す。

残差2乗和から評価した pH の標準偏差
塩酸 酢酸
A0.0210.026
B0.0090.021

問題で与えられた標準偏差 0.02 と一致していると見なせる。

8-5

y = an + bという関係式を、2つのデータセット A、B に当てはめるとき、a が共通で b が異なるということは、 残差2乗和を、パラメータ a, bA, bB を用いて次の形で書き、 (a, bA, bB) についてその極値を求めるという問題だと考えられる。

\[ S = \sum_{\rm{A}} [y_i - (a x_i + b_{\rm{A}})]^2 + \sum_{\rm{B}} [y_i - (a x_i + b_{\rm{B}})]^2 \]

ここから得られる正規方程式は、次のように書ける。

\[ -\frac{1}{2} \frac{\partial S}{\partial a} = -\sum_{\rm{A}, \rm{B}} x_i y_i + a \sum_{\rm{A}, \rm{B}} x_i^2 + b_{\rm{A}} \sum_{\rm{A}} x_i + b_{\rm{B}} \sum_{\rm{B}} x_i = 0\\ -\frac{1}{2} \frac{\partial S}{\partial b_{\rm{A}}} = -\sum_{\rm{A}} y_i + a \sum_{\rm{A}} x_i + b_{\rm{A}} N_{\rm{A}} = 0\\ -\frac{1}{2} \frac{\partial S}{\partial b_{\rm{B}}} = -\sum_{\rm{B}} y_i + a \sum_{\rm{B}} x_i + b_{\rm{B}} N_{\rm{B}} = 0 \]

総和を略記して書くと、次の連立方程式の解として、パラメーター(a, bA, bB) が得られることになる。

\[ S_{xx}^{\rm{A, B}} a + S_x^{\rm{A}} b_{\rm{A}} + S_x^{\rm{B}} b_{\rm{B}} = S_{xy}^{\rm{A, B}}\\ S_{x}^{\rm{A}} a + S_x^{\rm{A}} b_{\rm{A}} = S_{y}^{\rm{A}}\\ S_{x}^{\rm{B}} a + S_x^{\rm{B}} b_{\rm{B}} = S_{y}^{\rm{B}}\\ \]


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