2020.3
吉村洋介
化学実験法II 問題集 リハビリ 解説

問 2

2.メートル条約締結当時、リットル L は「1気圧での最大密度温度における1 kgの水の体積」と定義されていた。 このためキログラム原器が予定より若干重く作られてしまったため、1964年まで1 L = 1.000028 dm3とされていた 。 1957年の文献に記載されている0 °Cでの水銀の密度 13.5955 g mL-1 は g cm-3 単位ではいくらになるだろうか。

現在では1 L = 1 dm3。 なお今日的には最大密度での 1 kgの水の体積は 1.000025 dm3 とされている。 これには水の同位体組成の問題も絡む。


解答例

13.5955 g mL-1 = 13.5955 g/(10-3×1.000028 dm3) = 13.5951 g cm-3

単位間の換算式を代入してもらうだけです。


問題の背景

何でもないような単位の背景に心を致してもらうことを期待しています。 特に古典と目されるような論文を読んだりするとき、 こうした些細な問題に足を取られることがあるので、 注意してもらいたいところです。

実はこの問題、ぼくの極めて個人的な思い出から始まっています。 ぼくが中学の時、理科の授業の気圧計の話で 0 °C の水銀の密度が
「トーサンゴクロー(父さんご苦労)= 13.596」
と教わったのを今も鮮明に覚えています。 その記憶を引きずって、たまたまデータブックで水銀の密度を調べていて、 0 °C の水銀の密度が 13.59508 g cm-3 と記載されているのに驚きました。 あわてて他のデータブックを見てみると今度は 13.5955 g cm-3 とあるではありませんか。 これは「トーサンゴクロー派」。 ともに21 世紀に入って刊行されたデータブックです。 他のデータブック、データベースに当たってみると、 どうやら「トーサンゴクロー派」は少数で、13.59508 が主流。

あわてて水銀の密度測定の文献を調べ、 A. H. Cook, Phil. Trans. A254, 125 (1961) : "Precise measurements of the density of mercury at 20 °C II. content method" を見てみました。 熔融石英製の光学窓を貼り合わせて(光学研磨して接着剤など使用しない)1辺 7.3 cm 角の立方体の容器を作り、 長さを光学的に測って体積を精密に測定。 そこに水銀を入れて重さを精密に測定する。 そうして得た20 °C の密度が13.545884 g/cm3 (標準偏差 0.2 ppm)であり、 水銀の密度の温度依存性の実験結果から 0 °C の密度は 13.595080 g/cm3というのです。 どうやら13.595080 g/cm3が正解のようで、 これを採用するのは当然でしょう。

ではなぜ「トーサンゴクロー派」が生まれたのか? この答えは、先の Cook の報文の第1報、 A. H. Cook and N. W. B. Stone, Phil. Trans. A250, 279 (1957) : "Precise measurements of the density of mercury at 20 °C I. absolute displacement method" を見てわかりました。 この報文ではアルキメデス法で水銀の密度を決めています (タングステンカーバイド(密度13.9 g cm-3 程度のもの)製の1辺 9 cmぐらいのサイコロを、水銀に沈めて重さをはかる。 これを読むとサイコロの体積を正確に求めるのが大変な作業であることが分かります)。 ここで出てくる結果は、 20 °C の密度が13.5458924 g/cm3、 0 °C の密度は 13.5950861 g/cm3。 トーサンゴクローにはなりません。 ただその序説で過去の結果を紹介しているのですが、 ここで「トーサンゴクロー」が出てくるのです。

この論文以前の測定ではいわゆる比重計(pycnometer)を使ったものが多く、 水の密度との比で密度が記載されています。 当時は水の最大密度温度 4 °C での密度が正確に 1 g/mL だったので、 比重計を水で較正して、未知物質の水に対する比重を求め、 それに単位 g/mL を付ければ密度として通用したわけです。 そうしたデータの中に 13.5955 g/mL のものが多く、 これはこの問題で計算してもらったように 13.5951 g cm-3 に相当します。 かつて、この 13.5955 g/mL という数字を見て「トーサンゴクロー」が生まれ、 その後、当時は 1 g/mL が 0.999972 g cm-3 であったことが忘れられ、 今日のように1 g/mL = 1 g cm-3 とされる一方で、 その数字(語呂合わせ)だけがぼくにまで伝わったということのようです。 また最初に紹介した「トーサンゴクロー派」のデータブックは、同様に、 安易に g/mL をそのまま g cm-3 に読み替えたようです。 わずかなことのようですが、 細心の注意を怠ってはなりません。

なお今もデータブックで、物質の密度のデータが d4 といった具合に表記され、 4 °C の水との比重として記載されていたりします。 何もそんな持って回ったことをせず、d / g cm-3 とすればよいようなものですが、 過去の測定が 1 mL = 1.000028 cm3 で行われた結果、 系統的な誤差を生まない配慮から、 数値を変えずに比重としての表記を行っているもののようです。


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