2020.3 last revised 2020.4
吉村洋介
化学実験法II 問題集 リハビリ 解説

問 10

10.20 °C で質量分率 2.00 %の種々の水溶液の密度を以下の表に示す。 20 °C での水の密度は 0.9982 g cm-3 である。

溶質HClNaOHNaClKOHKClNH3NH4Cl
密度/ g cm-31.00821.02071.01241.01621.01060.98951.0045

一定量の水に溶質 X を溶かした時の体積の変化量は、X の量が少なければほぼ溶かした X の量に比例すると考えることができる。

10-1.温度・圧力一定の条件下、A、B二成分混合液体でAの質量 mA 一定の条件下、 Bの質量 mB を変化させたときの体積Vの変化量 (∂V/∂mB)mAは、 溶液の密度 ρ = (mA + mB)/V と B の質量分率 w を用いて次式で表されることを示せ (密度が質量分率の関数であることに注意:(∂ρ/∂mB)w = 0)。

\[ \pdifA{V}{m_{\rm{B}}}{m_{\rm{B}}} = \rho^{-1} - \rho^{-2} (1 - w) \pdif{\rho}{w} \]

10-2.与えられた密度データを用いて、塩酸と水酸化ナトリウムの中和反応、 HCl + NaOH → NaCl + H2O の体積変化を評価せよ。

10-3.塩酸と水酸化カリウムの中和反応の体積変化、また塩酸とアンモニアの中和反応の体積変化を評価せよ。


解答例

10-1.

全質量 \(m = m_{\rm{A}} + m_{\rm{A}}\) として

\begin{eqnarray} \pdifA{V}{m_{\rm{B}}}{m_{\rm{A}}} &=& \pdifA{V}{m}{w} \pdifA{m}{m_{\rm{B}}}{m_{\rm{A}}} + \pdifA{V}{w}{m} \pdifA{w}{m_{\rm{B}}}{m_{\rm{A}}} \\ &=& \frac{V}{m} + \pdifA{V}{w}{m} \frac{1 - w}{m} = \rho^{-1} + \pdifA{\rho^{-1}}{w}{m} (1 - w)\\ &=& \rho^{-1} - \rho^{-2} (1 - w) \pdif{\rho}{w} \label{eq:} \end{eqnarray}

10-2.

\begin{equation} \rho^{-1} - \rho^{-2} (1 - w) \pdif{\rho}{w} = \rho^{-1} \left[ 1 - \frac{1 - w}{\rho} \pdif{\rho}{w} \right] \approx \rho^{-1} \left[ 1 - \frac{1}{\rho} \frac{\Delta \rho}{\Delta w} \right] \label{eq:aproxeq} \end{equation}

よりそれぞれの分子種について∂V/∂m、∂V/∂n、を評価すると次のようになる。
(∂V/∂m) / cm3 g-1(∂V/∂n) / cm3 mol-1 (∂V/∂m) / cm3 g-1(∂V/∂n) / cm3 mol-1
H2O1.00218.1KOH0.1176.6
HCl0.51018.6KCl0.39229.2
NaOH-0.105-4.2NH31.43024.4
NaCl0.30317.7NH4Cl0.69237.0

したがって


問題の背景

ここで取り上げたのは、 一見地味な溶液の密度のデータから、 化学反応の体積の変化を評価できるという話です。 反応に関わる反応物、生成物を、それぞれ少量溶媒に溶かし込んだ時の体積変化を評価すれば、 その差が、溶媒中で反応物が生成物になった時の体積変化になる。 ある化学反応 \(0 = \sum_i \nu_i {\rm{X}}_i\) について、化学種 \({\rm{X}}_i\) の物質量を \(n_i\) として、 反応進行度 \(\xi\) を用いて反応の体積変化を書くと

\begin{equation} \frac{\rmd V}{\rmd \xi} = \sum_i \frac{\partial V}{\partial n_i} \frac{\rmd n_i}{\rmd \xi} = \sum_i \nu_i \frac{\partial V}{\partial n_i} \end{equation}

という次第です。 この部分モル体積 \(\partial V/\partial n_i\) を、 質量分率についての密度のデータから評価するわけですが、 問題・解答例での扱いは、示量的な変数と示強的な変数の存在する偏微分操作の練習という意味もあって、 いささか折り目正しく形式的に進めているので、少し抽象的に思われるかもしれません。

もっと実際の操作に即して、式の導出を進めると、最初溶媒 A だけが mA 存在しているところ(密度 \(\rho_{\rm{A}}\))に、 B を少量 mB 加えた時の体積変化 ΔV を考えると次のようになります:

\begin{equation} \frac{\Delta V}{m_{\rm{B}}} = \left( \frac{m_{\rm{A}} + m_{\rm{B}}}{\rho} - \frac{m_{\rm{A}}}{\rho_{\rm{A}}} \right) \frac{1}{m_{\rm{B}}} = \frac{m_{\rm{A}} + m_{\rm{B}}}{m_{\rm{B}}} \left(\frac{1}{\rho} - \frac{1}{\rho_{\rm{A}}} \right) + \frac{1}{\rho_{\rm{A}}} = -\frac{1}{w} \frac{\rho - \rho_{\rm{A}}}{\rho \rho_{\rm{A}}} + \frac{1}{\rho_{\rm{A}}} \approx - \frac{1}{w} \frac{\Delta \rho}{\rho^2} + \frac{1}{\rho} \label{eq:elem} \end{equation}

この式は \eqref{eq:aproxeq} 式と同じ式になっているのが分かるでしょう(質量分率 \(w\) は十分小さいと考えられる)。

さてここで求めたように中和反応

H+ + OH- → H2O

では体積の増加が起き、 増加量が水の分子容 18 cm3 mol-1 をも上回るというのは、 記憶していただいてよいことだと思っています。 たとえば深海で水深が深くなり圧力が増すと、 水の自己プロトリシス定数は大きくなる(pH が低くなる)わけです。 この一方、同じ中和反応として整理されがちなアンモニアの中和反応

NH3 + H+ → NH4+

では逆に体積の減少が起きます(この反応では電荷量の変化がない)。 こうした挙動はかつてオストワルド Ostwald が膨張計を用いて、 詳細に研究したところです(W. Ostwald, J. prakt. Chem. 18, 328 (1878))。 また水酸化ナトリウムを溶解させたときの体積変化を見ると、 体積の減少が起きるのも面白いところです。

このような挙動は、 大まかにいうとイオンの周りに水が強く束縛されていて、 中和にともなってそれが解放されるという風に定性的には説明できます。 ただしこれを定量的に評価・理解するのは、 今なお難しい問題です。

なおここで得られた塩の部分モル体積の値が、個々のイオンからの寄与の和だとすると、少し外れていることが気になった人がいるかもしれません (NaOH の中和反応と KOH の中和反応で、若干、反応体積が食い違う。 あるいは KCl と KOH の差が22.6 cm3 mol-1 で、NaCl と NaOH の差の21.9 cm3 mol-1 と若干ちがう)。 これには無論、データの精度の問題もあるのですが、塩の密度の濃度依存性が単純でないという問題も潜んでいます (希薄な状態では濃度の平方根に比例するような依存性 (∝ c3/2) の項が現れたりする)。 このあたりの専門的な話は F. J. Millero, Chem. Rev. 71, 147 (1971) などを参照していただくのがいいでしょう。


リハビリのページへ