19.【19年度試験問題から】小学校でも学ぶように、水溶液を用いた実験のろ過操作の際、 ろ紙は4つ折りにしてロートに密着させるのが原則である。
Q: ろ紙をロートに密着させることで、ロートの足に水が溜まるようになり、ろ過が効率的に進むようになる。
U: 数cmの水柱でそんなに効率が変わるでしょうか?
Q: ダルシーの法則によると沈殿を通過する流速は、圧力勾配に比例する。 ろ紙上に沈殿層が 1 mm積もっているとしよう。 沈殿層中の水の自重だけなら、圧力勾配はおよそ イ kPa/m程度だ。 もしロートの足に5 cm分の水柱があったら、この水柱分の圧力が 1 mmの厚さの沈殿層に働くとして、 圧力勾配は ロ kPa/m増加する。
U: 密着させたといっても隙間はあるわけですから、そこから空気が漏れてきますよね?
Q: 密着させた時の隙間を \(a\) としよう。 表面張力を \(\gamma\) とし、ガラスや紙が水によく濡れるとすれば、表面張力による吸い上げの圧力は \(2 \gamma /a\) で評価できる。 水の表面張力は70 mN/m程度だから、\(a\) がコピー用紙の厚み 0.1 mmなら \(2 \gamma /a\)= ハ Paで、 ニ cm程度の水柱なら支えられる。 エタノールなど通常有機溶媒では表面張力が20~30 mN/m程度なので、せいぜい ホ cmぐらい。 4つ折りは止めてひだ折りろ紙を使うのがいい。
U: こうした表面張力が効くケースはいろいろありそうですね。
Q: 薄層クロマトグラフィー(TLC)で溶媒の吸い上げられる現象にも関わっているよ。
Y: (突然割り込んできて)TLCのプレートに付いているシリカゲルの粒子の隙間を \(a\) とし高さ \(h\) まで溶媒が吸い上げられた状態を考えると、 先ほどの圧力の推定を利用して、十分表面張力の効果が大きければ、ダルシーの法則から \(t\) を待ち時間、\(k\) を定数、\(\eta\) を溶媒の粘度として次式が成立する:
\[ \frac{\rmd h}{\rmd t} = \frac{k}{\eta} \frac{\gamma}{ah} \]
従って吸い上げられる高さhは待ち時間 \(t\) を2倍にすると ヘ 倍になる。U: 怪しい議論だけど、酢酸エチルは25 °Cで \(\gamma/\eta\) が 55 m/s、ヘキサンは 60 m/sでだいたい同じだ。 有機実験で酢酸エチルとヘキサンの混合溶媒を使ったけれど、混合比を変えても TLC にかかる時間があまり変わらなかったのは、これで説明がつきそうだ。
Q: TLCの溶媒の選定には溶媒の極性が注目されがちだけれど、 実際に実験する上では吸い上げの速度にも注意が必要だ。ト このことはTLCに塗布されているシリカゲルの粒径についても言える。
19-1. イ ~ ホ に適切な整数値を、ヘには適切な数あるいは数式を入れよ。
19-2.下線部トについて、シリカゲルの粒径を微細にしていくとどのような問題が生じるか、コゼニー-カルマンKozeny-Carmanの式を参考に述べよ。
【イ】
ΔP / L = ρg = 1000 × 9.8 Pa/m ~ 10 kPa/m
【ロ】
ΔP / L = ρg 5 cm / 1 mm = 500 kPa/m
【ハ】
2 γ / a = 2 × 70 mN/m / 0.1 mm = 1400 Pa
【ニ】
h = 1400 Pa / (ρ g) = 1400 Pa / (1000 kg m-3 × 10 m s-2) = 14 cm
【ホ】
密度はさして変わらないとして
h ~ 14 cm × (30/70) = 6 cm
【ヘ】
与えられた微分方程式から、t = 0での高さを 0 として
\[ h^2 = \frac{2k \gamma}{a \eta} t \]
吸い上げられる高さは、待ち時間を 2 倍にすると \(\sqrt{2}\) になる。
Kozeny-Carmanの式によれば流速は粒径の2乗に比例する。一方表面張力による圧力勾配は粒径に反比例するとみてよい。 したがって一定時間で吸い上げられる高さ h は粒子径 d の平方根に比例する。
ところで理論段高は粒径に比例すると見なせる。 これだけで考えると、TLC を同じ時間展開した時の理論段数は 粒径の平方根に反比例して大きくなり、粒径が小さい方が分離がよいことになる。
ただし最初のスポットのサイズを粒径に合わせて小さくする必要があり実際上は困難だろう。 (実際上は最初のスポットのサイズと吸い上げ距離の比が分離を決めている。)