ホウ砂球反応 borax bead test というのは、 昔から伝えられる無機定性分析の手法です。 大幸勇吉「実験化学教科書」(1898)には、 次のようにあります (P. 79。原文縦書き。 読みやすいように、適宜句点を入れ、漢字など改めています。 文中「吹管 blowpipe」というのは、 ブンゼンバーナーなどよりはるか昔から、 炎の中にノズルから息を吹き込んで、 高温の鋭い炎を生じさせるのに使われてきたものです。 中学生の頃、ぼくはガラス管で作った自家製の吹管で遊んだことがありますが、 還元炎・酸化炎を思うように出すことはできませんでした)。
白金線の一端をガラス管に付着せしめ、他の一端を曲げて環状となし(第34図)
その環を熱して、
そのなお高熱を有する間にこれをホウ砂の粉末の内に入れ、
その少量をこれに付着せしめ吹管炎によりて熱すべし。
最初ホウ砂は沸騰して水を失い、
ついに透明無色ガラス状の球を生ず。
これをホウ砂球と称す。
これに極少量の塩化マンガンを付着せしめ、
吹管の酸化炎にて熱すれば紫色の球を得べし。
これマンガンの酸素多き化合物を生ぜしによる。
次はこの紫色の球を還元炎にて熱すれば
ホウ砂球は無色となる。
これマンガンの酸素少き化合物を生ずるによる。
なおコバルト、クロム等の化合物をもって
ホウ砂球の試験をなし
その球の色を見るべし。
(国立国会図書館デジタルコレクション info:ndljp/pid/1081961 より) |
ホウ砂球反応は、 金属イオンがホウ酸塩ガラスに溶解しやすく、 それぞれの金属に特徴的な呈色を示すことを利用します。 陶磁器の色が釉薬、そして炎によってさまざまに変化するのと同様のことを、 このホウ砂球反応では見ていることになります。
図1a. 白金線で作ったホウ砂のビーズ | 図1b. ステンレス線で作ったホウ砂のビーズ。 背景は 1 mmの方眼紙 |
実験では白金(プラチナ)線を使ってもらいます。 最初はステンレス線を使ってもらうことを考えたのですが、 図1 のように、少し長く加熱すると、 ステンレス線では一部酸化されて、 薄汚いホウ砂球になってしまいます。 そこで電気分解で使用する白金線を、 最初の実験の炎色反応とホウ砂球反応でも使用することにしました。
使用する白金線は直径0.3 mmの、シャープペンシルの芯ぐらいの太さ。 提供している 8 cm ぐらいの長さだと、 気になるお値段は 1000 ~ 2000円ぐらいのものになります(捨てないで!)。 白金線と針金やステンレス線を見分けるには、 取りあえず焼いてみるのが簡単。 白金線は焼いても変色せず輝きを保ちます。 またブンゼンバーナーあるいは通常のガラス細工の酸素炎ぐらいでは融けません (融点 1768 °C。 なかなか融けないですが、炎の中で加熱すると銅線とは簡単にくっつきます)。 よくプラチナが「永遠の輝き」と言われるのは、 もっともなところです。 なお後でも触れますが、 白金線は曲げてもいいですが、折ってはいけません。
図2a. ポリカップに入れたホウ砂と金属塩溶液 | 図2b. 用意してある金属塩の原液 |
まず白金線の先端を曲げて環にします。 だいたい 3 ~ 5 mm ぐらいの環にするとよいでしょう。 指先で丸めてもよいですが、 難しいようならビニール被覆の導線の切れ端などに巻きつけるのが簡単です。 (大幸先生のテキストにはガラス棒に白金線を埋め込むことになっていますが (この方が白金線は短くて済む)、 後で電極としても使うのでそのまま使います。 なお白金の膨張率は並ガラスと同じぐらいなので、並ガラスとなじみがよいのですが、 パイレックスなどとは相性がよくない)
この白金線の環になった先端を軽く火で焙って加熱し、 固体のホウ砂に触れさせると、少し融けてくっついてきます。 これをまた火で焙ると、 ブクブク水蒸気を出し、融けて水あめ状になります。 こうして適当な大きさのビーズになるまで、 ホウ砂を付けては焙る操作を繰り返します。
次にこうしてできたホウ砂のビーズを、 金属塩の溶液に浸して、 よく焙ります。 加熱が不十分だと濁ったホウ砂球になってしまいます。 かなり濃度が高めの金属塩の溶液(無水塩にして30 %ぐらい)を用意してありますが、 十倍ぐらいに希釈して使うのがよいようです。
ホウ砂球を作るのはいいのですが、 外すのには慎重を期してください。 無理やり引きはがそうとすると、 白金線を痛めてしまい、 白金線が折れたりします。
ホウ砂球を外す時は、 一旦強熱して、水に浸け、ジュバッと急冷します。 こうしてひびが入り、ホウ砂球がボロボロになったところで、 引きはがすのではなく、 砕く感じでホウ砂球を取り除きます。 指先で砕けない時は、 ペンチでホウ砂球をゆっくり挟んで、 バリバリと潰すようにするとよいでしょう。 基本、白金線から引きはがさないようにするのがポイントです。
いろいろ試みてください。 ここではいくつか作ってみたホウ砂球の写真などを紹介しておきましょう。 なかなか書いてあるようにはいかないですが、 陶芸の世界の奥深い一端を覗いた気になってもらえればいいでしょう。
図3a 鉄のホウ砂球。 鉄はいろんな表情を見せる | 図3b 鉄のホウ砂球を還元炎らしき所で再加熱。 少し青みがさしている | 図3c 銅のホウ砂球。 加熱が不十分だが、還元炎の影響で少し茶色いような部分が見える | 図3d 銅のホウ砂球を酸化炎らしき所で再加熱。 青くなった |
図3e マンガンのホウ砂球。 酸化炎らしきところで加熱し、赤いところがまだらに出ている | 図3f ホウ砂球ではなく、炭酸ナトリウムでマンガンの呈色を見た。 マンガン酸(VI)と思われる青い色が出る | 図3g コバルトのホウ砂球。 ステンドグラスっぽい雰囲気を出そうと、 ステンレス線を使って黒縁にしてみた | 図3h 撮影に使用したマイクロスコープ。 ここでは PC に接続。 このマイクロスコープはスマホ(アンドロイド)に繋いでも使える |