ピロリン酸・モリブドリン酸の合成と定性試験を行う。 赤リンを加熱して黄リンにして黄リンの性質に触れ、またリン化カルシウム Ca3P2 を合成しホスフィンを発生させる。
リン酸 H3PO4 は脱水縮合して種々の縮合酸・ポリ酸を作ることが知られている (生化学でおなじみの ATP などにも縮合リン酸が登場する)。 ここでは Na2HPO4 を加熱脱水縮合させてピロリン酸ナトリウム Na4P2O7 を合成するが、 NaH2PO4 の場合には加熱脱水縮合させると条件により、 トリポリリン酸ナトリウム Na5P3O10 など種々のポリ酸塩が生じる。 こうしたポリリン酸は種々の金属イオンと錯体を作る性質もあり、 水処理や食品工業で広く使われている。
同様にモリブデン酸 H2MoO4 も H6Mo7O24 など種々のポリ酸を作る。 このリン酸とモリブデン酸を酸性条件で混ぜ合わせると、H3PO4·12MoO3という組成の 黄色の安定なヘテロポリ酸(モリブドリン酸、リンモリブデン酸)が生じることが知られており、 そのアンモニウム塩は水に不溶性である。 またモリブドリン酸はモリブデン酸より酸化力が強く、容易に還元されて青色を示す(モリブデンブルー)。 極性の有機溶媒によく溶けるので、生成したモリブデンブルーを抽出・濃縮することでリン酸の検出に利用される。
リンには大きく白リン(黄リン)、赤リン(紫リン)、黒リンの3種の同素体が知られている。 常温常圧では黒リンがもっとも安定だが、黒リンを作るには数万気圧の圧力が必要なため、通常目に触れるのは白リンと赤リンである。 白リンは正四面体構造を取る P4 分子からなる分子性物質(融点44.2 °C、沸点280.5 °C)で、 容易に空気中で酸化され自然発火する。 赤リンは白リンを封管中で200~300 °C ぐらいに加熱すると得られる赤褐色の固体で(融点580 °C、昇華点430 °C)、 空気中でも比較的安定である(発火点250 °Cぐらい)。 ここでは赤リンを加熱・昇華・凝縮させることで白リンを得、それを二硫化炭素 CS2 で溶解抽出するという操作を行う。
なお二硫化炭素 CS2 はそれ自体有毒な上に、 沸点が低く(46 °C)て燃えやすく(発火点が100 °C程度)、 燃焼で有毒な亜硫酸ガスなどを発生するので取り扱いには特に注意する。
リン酸カルシウムとアルミニウム粉の反応は、加熱するにしたがって、通常まず緩やかなアルミニウムの燃焼、 次いで急激にリン酸カルシウムの還元反応に移行する。 今回の実験スケールでは爆発の危険はないと思われるが、安易に顔を近づけたりのぞき込んだりしないこと。 また計量スプーンが融解して穴が開くことがあるので、バーナーの下に断熱材等のシートを敷いておくのが望ましい。
ホスフィン(リン化水素)PH3 は死んだ魚のような特有の臭気を持つ有毒な気体で、 多量に発生させると自然発火する。 リン化カルシウム Ca3P2 は水と反応してホスフィンを発生し、 農作物の燻蒸剤(ネズミや虫退治)や水中発炎筒に使用される。
典型元素に関わる実験課題として、何を取り上げるかは迷うところですが、 イオウとリンを取り上げ、年度により切り替えて実施するようにしていました。 ぼくの個人的な趣味も多分に入った課題構成ですが、 臭ったり、燃えたり、破裂したりと賑やかなことでは、リンの課題の方がヤンチャ向きかもしれません。
若いスタッフの皆さんは、 安全第一で危険なことは止めた方がよいということのようで、 燃えたり破裂したりといった実験は敬遠されます。 けれどもぼくはそういった身の丈で経験する、驚き、ときめきといったものが、 化学する上での心の糧(かて)とでもいうべきものになってくれると信じています。
例によって話が長くなるので、この課題の詳細については、 下記サイトを参照ください。