last revised 2021.11 / 2020.3
吉村洋介
入門化学実験

2B. ピクレート

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ピクリン酸との分子間化合物の生成しやすさの差を利用したナフタレンとビフェニルの分離を行い、 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分離の度合いを確認する。

2B-1. ナフタレンとビフェニルの分離

<試薬> <操作>
  1. 2本の試験管にナフタレンとビフェニルをそれぞれ 0.15 g ずつ取り、 50 °C 程度の温水中に浸して様子を観察した後、一方の試験管に両者を入れて混ぜて同じく温水中に浸して融解する様子を観察する。
  2. ナフタレン-ビフェニル融液を放冷して何 °Cで固化するかを調べる。
  3. ピクリン酸 0.4 g を試験管に入れメタノール 3 mL を加え加熱溶解させる。
  4. 固化したナフタレン-ビフェニル混合物にメタノール 1 mL を加えて加熱溶解させ、(3)のピクリン酸の熱溶液に加え、溶液を放冷してナフタレンピクレートの結晶を析出させる。
  5. 吸引ろ過してピクレートの結晶を採取し、ろ液(A)を試験管に分取する。
【ビフェニルの分離・精製】
  1. ろ液Aを湯浴中で加熱撹拌しながら 1 N アンモニア水 5 mL を加え、しばらく沸騰する程度加熱した後、 氷冷してビフェニルを分離析出させ、吸引ろ過して結晶を採取する。
  2. 少量のメタノールから再結晶して精製する。(量が少ない時はこの操作を省いてよい)
【ナフタレンの分離・精製】
  1. ピクレートを試験管に取り、少量のメタノールに加熱溶解させ、 氷冷して結晶を析出させた後、吸引ろ過して結晶を採取する。
  2. 再結晶したピクレートを、湯浴中で少量のメタノールに加熱溶解させ、撹拌しながら 1 N アンモニア水 5 mL を加え、 しばらく沸騰する程度加熱した後、冷却してナフタレンを分離析出させ、吸引ろ過して結晶を採取する。
  3. 少量のメタノールから再結晶して精製する。(量が少ない時はこの操作を省いてよい)

2B-2. HPLCによる生成物分析

  1. 化学天秤を用いて、分離精製したナフタレンとビフェニルをそれぞれ 1 mg 程度取ってメタノール 1 mL に溶かす。 この溶液を 0.1 g 程度とってメタノール 5 mL を加えて希釈し試料溶液を作る(1.5× 10-4 mol/L 程度の溶液)。
  2. HPLC装置で試料溶液の分離分析を行い、ナフタレンとビフェニルが分離できているかどうかを確認する。

2Be. 「ピクレート」の背景

2Be-1. ピクリン酸のこと

ピクリン酸は MW 229.10、mp 122 °C の黄色の固体。爆薬として著名。 通常水を10 %程度含ませた状態で保存する。 強酸(pKa = 0.4)であり室温付近で水に1 %ぐらい、熱水には5 %ぐらいまで溶ける。 羊毛などの動物性繊維の染色に用いられ、手などに付けると染まった色はなかなか落ちない。 また今回の実験でも取り扱うようにナフタレンなどと電荷移動(CT)錯体(電子供与体受容体(EDA)錯体)と呼ばれる分子間化合物を生成する。

2Be-2. 共融混合物からの分離・精製

温度変化による再結晶操作である成分を純粋に取り出せるのは、その成分の結晶が凝固する温度で他の成分が凝固しないからである。 しかし複数の成分がある温度で同時に晶析するような場合には(共融。ナフタレンとビフェニルの共融混合物の融点は約40 °C で融体の組成はナフタレン40 mass%程度)、 そのままでは再結晶による精製はきわめて困難である。 ここではナフタレンと安定な分子間化合物をつくるピクリン酸を用いることで、共融組成を大きく変化させ、再結晶による物質精製を可能にしていることになる。

2Be-3. 高速液体クロマトグラフの使用

難しいことは抜きにして、下記の試料溶液の注入操作を間違えずにお願いします! マイクロシリンジを用い10 µL 程度の試料溶液を注入すればよい。

  1. INJECT の位置でマイクロシリンジ挿入
  2. ノブを回して LOAD の位置にする
  3. マイクロシリンジから試料溶液注入
  4. ノブを回して INJECT の位置にする(この時同時にデータの記録が始まる)
  5. マイクロシリンジを抜く
  6. (必要に応じ)インジェクションポート洗浄
図2B1. HPLC への試料溶液注入操作。 LOAD 状態でループに注入された試料溶液は、ノブを回し INJECT になると洗い出されてカラムに入る。

なお今回使用するカラムは ODS カラムと呼ばれるもので、 表面をオクタデシルシリル基(C18H37Si)で修飾した微細なシリカの粒が詰まっている。 このため、極性が低く疎水的なもの(油に溶けやすいもの)ほどカラムに保持され、 流出に時間がかかることになる(このようなクロマトの分離法を「逆相 reversed phase モード」と呼び、 極性が高いものが保持されやすい手法(順相 normal phase)と区別する)。


「ピクレート」のこと

この実験課題では、 共融現象と分離困難な共融混合物を分子間化合物を利用することで分離する手法、 そして分離を確認する手法として高速液体クロマトグラフィー HPLC に触れることになります。 相平衡・相分離に関わるいろんな要素に触れられる課題として、 入門化学実験の発足時からこの課題は実施してきました。

溶解度曲線は小学校で習いますし、 高校段階では凝固点降下も登場します。 また塩と氷で作る寒剤もよく登場する話題です。 そうした大学までに多成分系の溶解・融解挙動について学んだ事柄と、 大学で学ぶ、相律など相平衡の一般論とのギャップを少しでも埋められるように、 課題の設計を考えました。

ピクリン酸を用いたナフタレンとビフェニルの分離実験は、 フィーザー「有機化学実験」第3版(平田・中西訳、丸善 1957。12刷 P. 42) 所載のものを参考に設計しました (一時、3回生の実験でも採用されていたことがあります(1997-8年度))。 極性のない炭化水素が「塩」を作るということが、 ぼくには意外性があって面白いと思われるのですが、 学生さんには当たり前のように受け取られているようで、 ちょっと世代というものを感じてしまいます。

高速液体クロマトグラフィー HPLC は、 今や化学系なら触れていて当然の機器になっているといっていいでしょう。 ここではその実際の姿に触れ、 その威力を少しでも感じてもらえればと思っています。 実験の詳しい内容・様子は下記サイトを見てください。

☆「ピクレート」の課題のこと

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