いちょう No. 97-34 98.6.25.

吉村支部長は2月から4月まで、米国視察に出向いておられました。前回はイリノイはアーバナ・シャンペーンでの話で、あのD. Pinesが今もかくしゃくと仕事をしていること、あるいは老いてなお若さを保つ秘訣(?)にいたるまで、縦横に書いていただきました。今回は米国印象記の後半、MIT(マサチューセッツ工科大学)でのお話です。


アメリカ滞在記  その2

化学教室 吉村一良

後半の約1ヶ月はMITの今井助教授の研究室に滞在しました。今井助教授は私が博士課程の頃、東大物性研の安岡先生のところでお世話になった時の後輩に当たります。MITはケンブリッジ市と言うボストン市に隣接した大学町に有ります。ケンブリッジはハーバード大学が有ることでも有名です。ここではボストンのロングウッドと言うところのホテルに滞在しました。イリノイがアットホームな感じなのに対し、ボストンはやはり大都会と言うイメージで全く異なる印象がありますが、ロングウッドは高級住宅街で雰囲気も良く、川沿いの森を散歩すると最高です。ロングウッドはハーバード大学のメディカルスクールが有り、病院地区としても有名です。なんとここのホテルに滞在していたときに、やはり文部省在外研究員でハーバード大のメディカルスクールにやって来た化学教室の北尾彰夫君と偶然会いました。彼は長期なのでまだ10ヶ月程あちらにいます。こんなことが有るのですね。何度かいっしょに食事に行ったりしていました。

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MITは非常に優秀な大学として有名ですが、大学内の競争も激烈です。たとえば、テニアと言って教官がパーマネントになるときに取得しないといけない資格のようなものが有るのですが、MITやハーバードではこれを取るのが大変難しくて有名です。ですからテニア前の若手教官はお互いにすごく激しい競争をしています。実際は、その本人が良い仕事をやれば良いわけで、他人は関係ないのですが... つまり、ある教官がテニアを取ることと、別の教官がテニアを取ることは基本的に独立なのですが、そこはやはり人間なので競争心が出てしまうのでしょうか。ですから、イリノイ大に比べると、お互いに協力し合わないし(協力し合って自分の業績として半減してしまってはテニアを取るのに意味がないわけです)、なんだかぎすぎすしている感が否めません。本当に、任期制を導入したら、こういう風になるのだなあと言うのが実感されました。学生たちも、そんな悪い雰囲気を察知して、大学院はさっさとスタンフォードやバークレーなど別の良い大学に行ってしまい、MITは学部のレベルはすごいのだけれど、大学院は良い学生が残らないと嘆いていた先生がたくさんいました。今井君もテニア前で非常に大変そうでした。

任期制との比較を少し述べましたが、アメリカでは、定年というものが有りません。男女差別などと同様のこととして年齢のせいでやめなさい、というのはアメリカでは差別になるのです。そのように、最高裁が判決を下して以来、アメリカにはいっさい定年はなくなりました。ですから、テニアを取ったら、死ぬまで教授をしていても良いわけです。普通は、自分の意志で引退するという形を取るのが一般的で、それでも引退は70才以上の話でしょう。スリクター教授も73才ですが元気で現役で活躍されています。アメリカのシステムだと若い人がなかなか伸びられず不満も多いようです。ですから、これまでいつも日本はアメリカに右へならえして来た訳ですが、よく考えないととんでもない制度を導入してしまうことになりかねないと思います。日本には日本の実体に合った制度が必要であると思います。

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経済面では、アーバナ・シャンペーンなどの田舎では物価も安く過ごし易いのですが、ボストンなどの大都会では物価が高くて大変です。例えば、今回私が実感したのは、ホテル代です。アーバナ・シャンペーンでは、University Innと言う比較的良いホテルに滞在していたのですが(21階建ての11階で眺めも最高でした)、1泊49ドル。ボストンではLongwood Innという地球の歩き方にも乗っているような安ホテルで地下室のような部屋だったのですが、長期滞在料金で1泊70ドルでした。とにかくボストンはホテルやアパート代が全米一高いのだそうですが、円安も手伝って本当に高いと痛感しました。しかし、アメリカの治安に関しては全く悪いとは感じませんでした。ボストンではホテルからMITまで地下鉄で通っていまして、夜帰りが12時を回ることもしばしばでしたが、別段怖い目には遭いませんでした。ボストンもすんでる人間自体は本当に良い人が多いのだと思います。

私自身は、今回の海外出張で、核磁気共鳴のベテランと若手研究者の所を両方訪問でき、アメリカのハーバード流のテクニックをたくさん学ぶことができました。また、いくつか研究でも成果をあげることができましたが、それに関しては、また、別のところで披露させていただこうと思います。

この滞在記で、少しでもアメリカの雰囲気を感じ取っていただけたら幸いです。


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