一昨年に東大法学部の大学院重点化が実現して以来、全国的に講座の改組再編・大学院講座化の動きが広まり、京大では法学部がさっそくに大学院講座への移行を果たしました。ここ理学部でも、昨秋来、大学院重点化をめぐる動きが本格化し、この5月からは文部省との交渉をも踏まえたさまざまな作業が急速に進んでいます。
この時期に当たって、さる7月11日(土)、京大職組理学部支部は、ミニシンポジウム「大学院重点化で京大理学部はどこへ?」を開催しました。シンポジウムでは、鎮西評議員に理学部改革のホットな状況をまずもって紹介していただいた後、東大理学部の比屋根(ひやごん)さんから、重点化の現場で何が起きているのかについて、なまなましい話をしていただきました。
ここにお届けするのは、その内、鎮西さんの京大理学部の重点化計画についてのお話をまとめたものです。近日中に、比屋根さんの話についても刊行する予定ですので、ご期待下さい。
1992年7月29日
京大職組理学部支部ワーキンググループ
今回の大学院重点化には、全国規模の大きな動きが背景にあります。みなさんもいろいろお聞きでしょうが、最初にそういった大きな背景について申上げたいと思います。といっても私もそんなに知っているわけではありません。私の主たる情報源としては、大きく2つあります。まず、ここ1~2年の間に次々と何度か出されました、大学審議会・大学院審議会の答申、経団連ほかの文書類です。また日本数学会は教育問題に熱心で、独自に委員会を作っておられるのですが、その報告書があります。
さてそういった文書を見てみますと、文部省の意図するところは大きく3つぐらいあるようです。まず第一にこれから予想される18才人口の減少の問題です。予想では大学入学者は、2000年には現在の6割にまで減るとされています。そうすると、何も手を打たなければ、潰れる大学が続々出てくる。これを何とかしたいわけです。第二は国際化の問題。そして第三に大学院の充実を図ること、特に院生の増加を図ることです。
大学院重点化の関係では、この第一と第三の問題が深く関わっていて、国立は大学院、私立は学部教育という分業を進めたいような意向が、文部省サイドに見えます。そして文部省は大学院を充実させ、国際的にはCOEの一翼を日本の大学が担うところにまで持っていきたいというわけです。このごろは、難しい略語がいろいろ出てきますが、COEというのは、Center Of Excellence(“知能の中心”とでも云いますか)の略のようです。
京大理学部では、理学部の将来像について将来計画委員会でかなり長い間、種々の視点から議論してきました。当初は学部の重点化を志向する意見も強く、極端な意見として、他の国立大学はいざ知らず、わが道を行く(Going my way)説もありました。しかし資金の問題から、このままではジリ貧だという空気が強くなり、昨年の秋からは大学院重点化の方向で走り出しています。
京大の他学部についていいますと、法学部が今年から重点化を実現しています。それに、現在、工学部、理学部、医学部が続いて走っている状況です。工学部は、昨年は通らなかったものの、すでに重点化の案を出しており、京大の中では先頭を切って走っています。
この3月に案ができて、学部執行部は、それを文部省に持って行き、事務折衝を行ってきました。その中で、当初のいわば夢のような案に対して、いろいろ計画変更を迫られました。特に人員増についてはゼロ解答になるだろうと、私自身は思っています。
ともかくこれまで3回にわたって、学部長は文部省に行って話をしてきました。その中で文部省も首を横に振らず、われわれの理想も追えるような案を作りました。まず知っておいていただきたいのですが、こうした案を持って行く時、文部省はわれわれに、次の事を要求します。それは①現状の何が問題で、どう変えようとして、その結果どうなるか、を明らかにすること、②他大学と同じでは困ること、③社会に開かれた大学を目指すこと(再教育、今のことばではRecurrent教育)の3つです。このRecurrent教育と言うのは、単に教養を身につけるというのではなく、すでに一線で仕事をしている人に、最近の学問状況を教えるというものです。こうした文部省の質問に対し、われわれは次のように答えました。
われわれが、現在の理学部の問題点として挙げたのは次の4点です。
②新分野への研究の展開に対する柔軟性を欠いた構造
③研究支援体制の硬直性
④院生の研究教育上の力を活用しきれていない
ある学問分野を継承・維持していくという点で講座制にはいいところがあります。この一方で講座制が新しい分野を切り開いていく上で、障害になっているというのが①の問題です。②の問題は、たとえば外国人の客員を呼ぼうとした時、現在の制度では、あらかじめ分野による枠がはめられていて、簡単に呼ぶことができない、そういった制度の硬直性の問題です。
最近高額の機器類が増えました。しかしそういった機器を学科・講座単位で管理する結果、維持に苦労する、また同じ装置を融通しあって使うことができず、無駄をしている。③で取上げたのはそういう問題です。最後に挙げたのは、今は、院生をTA(Teaching Assistant =“教育補助者”)として採用して、われわれといっしょに教育研究を進めることができません。また院生の校費出張もできません。こうしたことに示されるような、院生諸君の持っているポテンシャルを活用できていない問題です。
こうした問題点を、私たちは理学部のあるべき姿をどう描いて、克服していくのかということになります。理学部では次の3点を、将来の理学部に求められるもの、また目指すべきものとして構想しました。
②分野横断的でフレキシブルな教育研究組織と、競争的環境の実現
③国内外に開かれた、最高研究教育機関(COE)の一つ
この具体的な内容については、次に、組織、大学院のカリキュラムの改革の点から詳しく述べます。なお、学部教育も当然変るわけですが、TAの導入を積極的に進める他は、従来の理念、方法を踏襲することにしています。実際、これまでの京大理学部の「ゆるやかな専門化」に基づく学部教育は、文部省との折衝の中でも高い評価をえています。
ともかく組織の改変が、重要な課題です。時間の関係もありますから、みなさんに関わりのある、大事な項目について説明しましょう。
大学院重点化ですから、大学院を人事権、予算執行権のある部局にします。そしてこれにともなって、現在ある10専攻・2独立専攻を、5専攻・1共通専攻に編成替えします。5専攻の内わけは、数理、物理・宇宙、地球惑星、生物、物質変換の5つです。
共通の専攻として「相関理学専攻」を作るのですが、共通専攻は4つの大講座からなります。まず第3は国内、第4は国外の研究者のための客員講座です。問題は、第1と第2です。
第1大講座は学際テーマで構成します。私の専門を例に言いますと、例えば生物の進化といった、地質学と生物学の共同を要するようなテーマが対象です。第2大講座は萌芽的テーマ。第1大講座では現有の専攻のスタッフが共通専攻に赴く形態をとるわけですが、第2大講座では特に力を入れたいテーマについて、現有のスタッフが兼担する形をとります。ですから第2大講座に所属する人は、これまで所属していた研究室に加えて、もう一つ研究室を持つようになる。つまり重要と考えられる問題をやる人に、金とスペースを提供し、そして人を集中しようというのが第2大講座のねらいです。
当然、第1、第2大講座について、好き勝手な運営を許してはなりません。ですから、業績評価なども定期的に厳正に実施し、むしろこの共通専攻を、理学部に“競争的環境”を作り出す起爆剤にしたいというのが、私たちの思いです。
数理 | 物理宇宙 | 地球惑星 | 生物 | 物質変換 | 共通専攻 |
数学 数理解析 |
物理 I 物理 II 宇宙物理 |
地球物理 地質鉱物 |
動物 植物 生物物理 霊長類 |
化学 | 新規(4つの大講座) |
大学院教育を充実させるため、また院生が増えることもあって、教員の人手が必要になります。そこで助手・教務職員を助教授・教授へ振替えることによって、そうした大学院教育に当たる教員を増やそうと考えています。また、教官の充実ではありませんが、大学院教育のための講義棟の新営も計画しています。この他、先の問題点でも触れた、TA制度の導入もここに入ります。
なお文部省が、「社会に開かれた大学」を謳っているので、大学院博士後期課程に専修コースと大学院聴講生制度、を導入する計画です。専修コースは、1年だけきて論文博士を取れるようにするコースです。ただしこれがあまりに多くなると、苦労して院生をやるより、会社に行ってから学位を取った方が有利ということにもなりかねませんから、学位への太いバイパスにならないように、全理学部で10人程度とするつもりです。
大学院を充実させるわけですから、大学院教育についてよく考えておかねばなりません。改革案では教育の理念として、「高級研究者養成のための充実した基礎教育と、自由で独創的な発想の涵養」を掲げました。そして今回の改革で、
②分野横断的な科目構成、他分野の科目の履修の奨励
を行うことにしています。具体的なカリキュラムの構成は、これまでもやってきた先端的な専門科目とゼミナールに加えて、体系的な基礎科目を付け加え、3本柱で進めることになります。
さて、こうして組織の改変などをやった時に、現在の協議会など理学部の運営の機構などはどうなるか、というわけです。いろいろ考えてみたのですが、これまでのやり方どおりで、ただ看板を掛け変えただけで、やっていけると思っています。つまり従来の理学部協議会を、各専攻、基幹講座、基幹協力講座からなる“理学研究科協議会”にするだけです。そしてこれまでと同様、化学研究所などの協力講座を加えた理学研究科会議と、この研究科協議会の2本立てで全体の運営を行っていけばよいわけです。ただ学部に関することがらで、特に協議しなければならない事項としては、学生の入学・卒業などの学務と、非常勤講師の任用があります。それは、研究科協議会を、その問題を議論する時だけ、理学部協議会に切り換えて実施すればよいわけです。
今回の重点化については、みなさん、いろいろ意見がおありだと思います。何かありましたら、いつでも私の方まで言っていただければ、伺いますし議論します。どうぞよろしくお願いします。
Q:今回の重点化については、研究設備などがいろいろできるという話があったのですが...
A:共通専攻の中に大型設備を集めた「支援センター」を設ける予定です。ただし、当面、まず組織変更を文部省から求められているので、組織変更を優先して行うことにしています。その後、年次計画のようなものを立てて、いろいろやっていくつもりです。何しろ文部省の当局者自身が「われわれにできることには限度があるから、知恵を出してほしい」と言っているぐらいです。これは本音だと思うんですね。こちらからいろんな企画を持込んでいけば、実現させていけると思っています。
Q:院生数はどれぐらいになるのですか?
A:共通大講座の分に加えて、附属の研究所への院生を割り当てを増やすことになります。附属の研究所の増加分がかなり大きいので、現在の186人からおよそ100人増える勘定になります。
Q:私は基研(基礎物理学研究所)の会議で、理学部が重点化で変った時に、基研など研究所がどうなるかについて、不安の声が出されました。現在、重点化は理学部の問題で、研究所は「これまで通り」といわれています。今も、わずかですが、大学院関係でお金が学部と研究所の間で動いています。今後、大学院重点化が実施に移されると、この金のパイプが太くなって、これまでのように単純には行かないのではないと思えます。研究所には、これまで理学部は重点化をめぐって、どのように対応してこられたのでしょうか。
A:正式に理学部として対応したというわけではありませんが、数研・霊長研・基研などとは折を見ては、評議員が接触し、説明をするという中で、改革案を練ってきました。校費の流れや専攻の運営などの形で、研究所が理学部の下に組込まれてしまうという不安はあると思います。けれども、それはこれまでもそうしてきたように、何らかのルールを協議して設けることによって、対応できるでしょう。また将来的に、構成員が世代交替して新しい人たちの時代になって、「いっしょにやっていこう」ということになれば、それはそれでよいことではないかと思います。
Q:学位の審査の改革はどうなっていますか?
A:まだ詳細は煮詰まっていませんが、統合した新専攻での審査が実質の審査になるという方向にいくでしょう。
Q:今、物理では学部が80人程度。この半分程度が修士に進学します。もし大学院生を増やすなら、真剣に学部教育をやらなければ、大幅な水準の低下を招くと思いますが...
A:まだ院生数については、文部省と具体的に交渉していません。こちらとしては、できるだけ増やしたくない、院生増は、相関理学専攻の30人ぐらいにしたいのが本音です。