この項についてのより詳細な解説は、 「物理量の単位と数値のはなし」を参照ください。
今日、科学・技術はもとより商取引においてもSI単位を用いるのが主流となっています。 SI は基本単位の上に立った首尾一貫した(coherent)計量の体系であり、 基本単位として時間(s)・長さ(m)・質量(kg)・電流(A)・温度(K)・物質量(mol)・光度(cd)をとります。 他の物理量の単位はこれらの乗除で表わされる組立単位として表現されます。
国際単位系にかかわっては 2019年5月に計量標準の改定が行われ、 従来用いられていたキログラム原器は廃止され、物理定数を定義量とする体系に移行しました。 国際単位系に関わっては、その表記法に関しても定められていることに注意します(たとえば数値と単位の間にはスペースを入れる)。 厳格にSIに則った表記等を行うのは、時として冗長で窮屈ですが(たとえば mass% という単位は許されない)、 できるだけSIに沿った記述を行うべきです。 国際単位系を化学の分野で使用するにあたっての詳細なルールや推奨される形式については IUPAC(International Union of Pure and Applied Chemistry)の出している 「物理化学で用いられる量・単位・記号」(Green Bookと呼ばれる)を参照しましょう。
一般に物理量は数値と単位の掛け算で表現されます。
(物理量) = (数値)×(単位) (1-1)
あるいは
(数値) = (物理量)/(単位) (1-2)
このことを表記の上でも明示的に示すように、物理量を表す記号(量記号)にはイタリック体(斜体)を用いることが推奨され、 単位記号にはローマン体(立体)を用いることになっています。 したがって次のような場合
(a) の文中の x は物理量(「名数」と呼ばれることもある)、 (b) の文中の x は数値(「無名数」と呼ばれることもある)になっています 。 一方 (c) の表現では、x は暗黙の内に単位を含むことになっていて、 数値か物理量かあいまいで好ましくありません。
このように物理量と数値を峻別するのは無駄な手間のように思われるかもしれません。 しかし次のような例を考えてみましょう。 あるエンジンの総出力を P (J)、使用する燃料の燃焼熱を Q (cal)として次の関係があったとします(1 cal = 4.184 J)
P (J) = 0.15 Q (cal) (1-3)
さて燃焼熱の単位を cal から J にしたら、係数 0.15 はいくらになるでしょう? この時次のような計算をしてしまうことがあります:
【誤】P (J) = 0.15 Q (4.184 J) = 0.63 Q (J) (1-4)
一見エンジンの効率が高すぎておかしいと思っても、 どう間違っているのかをあやまたずに指摘するのは意外に難しいのではないでしょうか。 これをエンジンの総出力を P、燃焼熱を Q とし(P、Q は物理量)、 物理量と数値を明示的に表記すれば、(1-3)式中の「P (J)」と「Q (cal)」は実は数値を意味しており、 (1-2)式から、(1-3)式は次のように整理できます:
P /J = 0.15 (Q /cal) = 0.15 (Q /4.184 J) = 0.036 (Q / J) (1-5)
このように単位の換算に関わる(時として致命的な)まちがいを防ぐことができるので、 物理量と数値を明確に区別することが強く推奨されるのです。
同様にグラフなどを作成する際、グラフでは「数値」が表現されていると見なすことができます。 s = 12 kg という物理量をグラフ上の r = 12 cm の位置にプロットするのは、 数値 s /kg を、数値 r/cm に対応付けていることに相当します。 したがってグラフの縦軸・横軸の説明(キャプション)は、物理量/単位の形で表記するのが望ましいのです。
なお物性に関わるさまざまな量の中には、単純に「数値と単位の掛け算」で記述できない場合もあります。 たとえば温度 T について T = 300 K = 26.85 °C から1 K = 0.0895 °C といった関係を導出することはできません。 これは温度を表すのに、いわば山の標高と同様、基準点の情報を盛り込んでいるからで、 こうした量については単位と基準点を含めた “目盛りscale” を考える必要があります。 事態をはっきりさせるため温度に記号 Θ を使い、 セルシウス温度の基準点を ΘC、熱力学温度の基準点を ΘK とすると次のような関係を想定する:
Θ = (Θ - ΘC) + ΘC = (Θ - ΘK) + ΘK (1-6)
ここでセルシウス温度 t = Θ - ΘC、 熱力学温度 T = Θ - ΘK とし、 「単位」をそれぞれ °C、K とします。 こうしておいて SI でも規定されているように「単位」が等しいとして
1 K = 1 °C (1-7)
ここで基準温度を ΘC = 273.15 °C、ΘK = 0 Kとすることで、 次のよく知られたセルシウス温度 t と熱力学温度 T の関係を得ることができます。
t / °C = T / K - 273.15 (1-8)
かつてはこうした想定の下、熱力学温度を「絶対温度」と呼び、単位も「°K」と書かれていました。 なおこうした事情を暗黙のうちに含んで、セルシウス温度と熱力学温度を単に「温度 T」とし、 形式的に次のように表記する向きもあるが注意が必要です。
T / °C = T / K - 273.15 (1-9)
実用に大きすぎる、あるいは小さすぎる単位については、接頭辞を付けて 10n の因子を省くことができます。
記号 | 読み方 | 倍率 | 指数表示 |
T | テラ | 1000000000000 倍 | 1012 |
G | ギガ | 1000000000 倍 | 109 |
M | メガ | 1000000 倍 | 106 |
k | キロ | 1000 倍 | 103 |
h | ヘクト | 100 倍 | 102 |
d | デシ | 10 分の1 | 10-1 |
c | センチ | 100 分の1 | 10-2 |
m | ミリ | 1000 分の1 | 10-3 |
μ | マイクロ | 1000000 分の1 | 10-6 |
n | ナノ | 1000000000 分の1 | 10-9 |
p | ピコ | 1000000000000 分の1 | 10-12 |
これ以外にも P(ペタ 1015)、f(フェムト 10-15)、a(アト 10-18)などが使用されることがあります。 一応 da(デカ 101)という接頭辞も用意されていますが、 使用されている例はほとんどありません(化学では比旋光度の単位に登場するぐらいです)。
化学で特に重要な量に物質量(「モル量」などと呼ばれることもある)があります (物質量は単なる「物質の量」でないことに注意)。
異なる物質でもある質量比を取ると化学的に同等にふるまいます。 こうした量を「物質量」amount of substance と呼び、物質を構成する基本粒子 elemental entity の数に相当します。 現在 SI では、6.02214076×1023 個の基本粒子を 1 mol と定義しています 。 (アボガドロ定数 NA は定義量で、 精確に NA = 6.02214076×1023 mol-1。) また 12C の質量の 1/12 を統一原子質量単位 u(unified atomic mass unit。物理量としては mu という記号を用います。 ダルトン Da という単位を使うことも多い)として、基本粒子の質量と統一原子質量単位の比を原子量、分子量、式量などと呼びます。 SI の文脈では原子量、分子量は単位 1 の物理量であり、 物質量当たりの質量をあからさまに表わす時は「モル質量」を用いることになります。 このことをはっきりさせるため、比原子量、比分子量といったことばを推奨する向きもあります。
一般に基本粒子のとり方には任意性があります。 もっぱら化学式が単純な形になるように設定されますが、その成り立ちに注目して分子式などの形で設定されることもあるので注意が必要です。 物質量の記載に当たっては、対応する化学式を表記しておいた方がよいでしょう (たとえばカリミョウバンには KAl(SO4)2·12H2O と K2SO4·Al2(SO4)3·24H2O二通りの表記があります)。