2022.9
吉村洋介
化学実験 基本操作・測定

液体の屈折率とその測定

屈折率は比較的簡単に高精度で測定できるので、 古くから液体試料の純度の決定や、溶液濃度の測定に利用されてきました。 3回生の学生実験では、混合液体の濃度決定に使用します。 ここではかんたんに、 液体の屈折率とその周辺について紹介します。


     図 1. 光の屈折

1.屈折率

光がある媒質 A から伝搬速度の異なる媒質 B 中に入射する時、 境界面で進行方向が変化します(光の屈折)。 この時入射角 \(\theta_\mrm{i}\) と屈折角 \(\theta_\mrm{r}\) の正弦(sin)の比 \(n = \sin \theta_\mrm{i}/\sin \theta_\mrm{r}\) は一定となり(スネル Snell の法則)、 媒質 B の媒質 A に対する屈折率 refracive index と呼びます。 \(n \gt 1\) の時 \(\sin \theta_\mrm{r} \gt 1/n\) となるような屈折角は実現されません。 \(\sin \theta_\mrm{c} = 1/n\)となる角度 \(\theta_\mrm{c}\) を臨界角と呼び、 これより大きな角度で B から A に光が進行する場合には、 境界面で光は屈折せず完全に反射されます(全反射)。 通常液体の屈折率として議論されるものは空気に対するもので、 真空に対する屈折率(絶対屈折率)とは、空気の絶対屈折率(1.0003)の分だけ小さいですが、 高い精度の測定でなければちがいは無視できます。

  表 1. 種々の液体の屈折率
液体nD20
メタノール1.3288
1.3331
ジエチルエーテル1.3526
アセトン1.3588
エタノール1.3611
酢酸エチル1.3723
シクロヘキサン1.4268
四塩化炭素1.4601
グリセリン1.4746
トルエン1.4961
二硫化炭素1.6319
ジヨードメタン1.7411
主にCRC Handbook 2005 による

液体の屈折率は、光の波長、温度等によって変化します。 通常屈折率はナトリウムの D 線(ナトリウムの発光スペクトルの中の 589 nmの輝線)に対して測定され、 データブック類には、たいてい 20 °C での値が与えられています(nD20と表記されます)。 通常温度を上げると液体の膨張にともない屈折率は減少し、 密度が分かっておれば次のアイクマン Eykman の式で温度依存性を評価することができます。

\begin{equation} \frac{n^2 -1}{n + 0.4} = C \rho \label{eq:eykman} \end{equation}

ここで \(\rho\) は液体の密度、\(C\) は物質による定数です。 液体の膨張率が 0.001 K-1、屈折率が 1.4 程度の典型的な有機液体では、 1 K の変化で 0.0005 程度の変化が現れることになります。 ですから 4 ケタ目以上を問題にすると、温度の制御が重要になります。 4ケタ以上の屈折率の測定は、 装置的な問題もあって、あまり手軽にできるものではありません。

分子が分極しやすいほど屈折率は大きく、 イオウやヨウ素のように多数の電子を持った原子番号の大きい原子を多く含むほど、 また環状構造を含むほど屈折率が大きくなることが知られています。 なお波長が短くなるにつれ、通常は屈折率が大きくなっていきます (プリズムなどでおなじみの現象)。

アイクマンの式は、ローレンツ-ローレンツ Lorentz-Lorenz の式から得られる \((n^2 -1)/(n^2 + 1) = C' \rho\) という関係式を経験的に改変したものですが、 液体の屈折率の温度依存性を与える経験式として優秀なものとされています。 なおアイクマンはオランダの化学者で、 明治期日本に招聘され日本薬局方の起草にも深くかかわった人物で (薬局方の沿革略記には「エーキマン」と記されています)、 シキミ酸の発見者 でもあります。

2.屈折計

屈折率は迅速・容易に測定できるので、実用的には糖度計など、 農業・食品業界等で広く利用されています(現在(株)アタゴの PAL シリーズは単なる「糖度計」から 「うさぎ尿比重屈折計」などのニッチなものまで、100種を超えています)。 もっぱら屈折率は、全反射する角度、臨界角を測定することで求められています。

今回の化学実験で用いるアタゴ社製のデジタル式の PAL-RI 屈折計では、 高屈折率のガラス板上に垂らした試料液体に、 下方から光を照射して全反射角を測定する機構を採用しています。 その日の測定開始にあたっては、まず水で較正を行ってから試料の測定にかかります。 試料の量が少ないと、安定した結果が得られないようで、 少し大目(といっても 0.3 mL 程度)に液を入れボタンを押すと、 ものの数秒で結果が得られます。


     図 2. 手持ち屈折計の構成

もっと簡易なアナログ型の屈折率計(「手持ち屈折計」などと呼ばれるもの)では、 ガラス板とプリズムの間に試料液体を挟み込み、 光の当たらない影のできる領域を目視して、 屈折率を測る機構を採用しています。 価格も安く(2千円台から)、お手軽に食品中の糖分や塩分の濃度を知るには便利です。

なおこうした屈折計で「糖度計」として市販されているものなどでは、 糖度の単位として Brix 度と呼ばれるものが用いられ、 ショ糖溶液の x mass%が x °Bx になるように、 屈折率と糖度の対応が決められています。 糖度の決定は商取引において重要で、 国際砂糖分析統一委員会(ICUMSA)がその対応表を決定しています。



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