2007.8.2.
last modified 2022.3.6.
吉村洋介

学生実験A 無機・分析実験 器具の説明

学生実験の最初に、無機・分析の実験の器具の説明というのをします。 今年、ぼくは初めて学生諸君に「器具の説明」をする役回りとなりました。 ここでは、その時の器具の説明を少し再現し、言い足りなかったことを付け加えておこうと思います。

こうした器具は化学の実験ではおなじみなんですが、 いざ説明しようとすると、自分が何も知らないことを痛感させられます。 なぜ「メートルグラス」なのか、なぜ「ヌッチェ」なのか・・・。 答えの出なかったことも多かったですが、今後とも勉強して決定版の説明を目指します。


ビーカー

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ビーカー beaker はたぶん皆さんおなじみ。 無機・分析の実験で広く用いられる容器です。 滴定用に使われる、円錐形になったコニカルビーカーというのもありますが、学生実験では(値が張るので?)使用しません。

なおビーカーの正面(100 mL とか、あるいは目盛りが書いてあるところ)から見て、くちばし(注ぎ口)が左側に出ていることに注目ください。 自作はともかく、買ったビーカーでは例外なく、くちばしは左に出ています。 これはビーカーが右手で持つように設計されている(=右利き用)ためです。


試薬瓶

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使う試薬瓶は、大きく3種類。 右側が普通の試薬瓶、真ん中が褐色瓶。 左側がアルカリ用の試薬瓶です。 アルカリ用の試薬瓶はフタが摺りあわせではなく、ゴム栓になっています (つまり普通の試薬瓶の摺り合わせのフタをゴム栓にしただけ)。

学生実験で用意している試薬瓶は、たいていの場合、身とフタが一致していません (大きさが違ったり、摺り合わせがガクガクする。写真右の試薬瓶でも、フタの摺りの部分がはみ出している)。 こうした事態を避けるには、身とフタをタコ糸で結んでおけばよいのですが、 いつの頃からかそうしたことは行われなくなり、今日の事態を招いています。 共通摺り(摺り合わせの部分が規格化されたもの)の試薬瓶を使うのも手ですが、 すでにある試薬瓶を処分する決心が付かず、そのままになっています。


洗浄瓶(洗瓶)

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洗瓶にもいろいろ種類がありますが、ここで使うのはポリエチレン製(キャップはポリプロピレン製)で、 瓶の中に先を細くした管を突っ込んだものです。 瓶を押さえると、管の先から水が出てきます。 アセトンなど蒸気圧の高い溶媒を使う場合には、あまり気密性が高すぎると、室温が高くなった時瓶の内圧が上がり、 中の溶媒が洩れ出てきます。 ですから圧抜きの細工を施した洗瓶を使うのがお薦めです。


秤量瓶

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秤量瓶は試料を精確に量り取るのに用います。 秤量瓶を用いることで、秤量中に吸湿したり蒸発したりする影響を防ぐことができ、 また持ち運ぶ際に試料が飛散することを防ぐことができます。

秤量瓶には種々の型のものがあり、上の写真で左のものは、 フタが身を外から覆うように摺りあわせが行われています。 こうすることで、液体試料を取る時など、摺りの部分に試料が付着することを防ぐことができます。 写真右のものでは摺りの部分に試料が付着する可能性が増しますが、フタが身より一回り小さくなり、より軽量化できます。

精密な秤量操作が、かっての“化学天秤”を用いる時間のかかる操作であった時代には、秤量瓶は必須でした。 けれども分銅の上げ下ろしを必要とした化学天秤が直示天秤に、さらに電子天秤になり、精秤が短時間で済むようになると、 秤量瓶を用いる必要はないという流儀が力を得てきているようです。 ぼくなども、学生実験であれば時計皿で秤量して事足りるように思っています。 今回用いる試料で 0.1 mg までの秤量なら、測定中に質量変化はまず現われません。 また試料を溶解させる際、容器に付いた試料を洗い落とすには、時計皿の方が簡単です。

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なお「秤量瓶」を、今日「ヒョウリョウビン」と読み慣わしていますが、正しくは「ショウリョウビン」であるようです (漢和辞典の中には「ヒョウリョウ」という読みを誤読としているものもあります)。 現に戦前に刊行された理化学辞典(増補版。1939年)には、「しょうりょうびん」とあります(右の写真)。 たまたま大正14年生まれの方にこのことをお聞きしたところ、 「講義で先生が、『正しくは秤量をショウリョウと読むが、ヒョウリョウと読む人が増えている』と言っておられた」 とのことでした。 漢学の素養のない世代に入るに従って、こうした読みも移り変わっていくわけでしょうか・・・


時計皿

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時計皿 watch glass の名は、懐中時計の覆いガラスから来ています。 ビーカーのフタに、あるいは試料を採る容器に、使い出のある小道具です。


ロート台・ビュレット台

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ロート台 funnel stand は小学校時代にもうおなじみでしょう。 ビュレット台 burette stand は、ビュレットを立てる台です。 ここではビュレットをつかむクランプには、木のねじ式のはさみを使っていますが、 金属のばねで留めるものものもあります。 また滴定時に指示薬の色の変化が分かりやすいように、 白磁や白色のプラスチック製の下板を用いるものもありますが、 ここでは特にそうした配慮はしていません。 滴定の際には、白い紙をビーカーなりの下に敷くことをお薦めします。


メートルグラス(メートグラス)

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図に示すのが、「メートルグラス」と化学で一般に呼び習わされているものです。 円錐形をしており、下の方に行くほど細かく目盛りが付いています。 このことにより、少ない容量の時でも、相対的な精度が余り落ちないようにできています。 滴定操作などでは、酸やアルカリ、あるいはマスキング剤などいくつかの溶液を 10 mL や 2 mL と、 さまざまな量加える必要が起きます。 こうした時に、一つの容器で相対的な精度を落とさずに計り取れるのは便利です。

普通のガラス製のメートルグラスは、正面から向かって右側にくちばし(注ぎ口)が付いています。 先に見たビーカーにしろ、メスシリンダーにしろ、くちばしは左側に付いていますよね? この差は、メスシリンダーなどと違い、メートルグラスが「持ち注ぎ」、 つまり左手で持つように設計されていることから来ています。 右手で試薬瓶を持ち、左手に持ったメートルグラスに注いで手早く溶液を計り取ろうというわけです。 もっとも写真にあるように、プラスチック製のメートルグラスではこの原則は守られていません。 これはプラスチック製メートルグラスが、「置き注ぎ」を想定して作られていることによると思われますが、 なぜそうなのかは、よくわかりません。

なお「メートルグラス」という呼び方は誤りで、正しくは「メートグラス」。 現に薬学では「メートグラス」と呼び習わしているようです。 これはオランダ語の Meetglas (測定用ガラス器具)から来ています。 なぜ化学で「メートルグラス」と呼ぶようになったのかは定かではありませんが、 蘭学の伝統が霞む中で、「メート」が、測定器の「メーター meter」=「メートル」と混同されたように思われます。

ところで、なぜ一般のガラス製測容器を指す「メートグラス」「メートルグラス」(英語では measuring glass)が、 円錐形の測容器を意味するようになったのかは謎です。 何かこの形状に強い思い入れがあったんでしょうか? このように元来一般的な言葉が、特定のものごとを指すようになる例としては、われらが“ユーブング”もあります。 少なくとも今日、ドイツ語で Übung と言えば単に「演習」で、教科書の章末問題などが Übung。 学生実験など実習は、Praktikum と呼ばれています。 それがなぜ、化学の学生実験を指す言葉として定着したか、・・・よく分かりません。

駒込ピペット

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写真のスポイトを、駒込ピペットと言います(ガラスのピペットにゴムを付けて使う。 このゴムを“乳首”と呼ぶ人が多いようですが、本当は何というんでしょう?)。 明治~大正のころ、東京の駒込病院で使われるようになったところから、この名があります。 今から考えると、ただのスポイトで、なぜわざわざ「駒込ピペット」などと呼ぶのか疑問に思われるかもしれません。 これには、かつては(現計量法の施行された 1993年以前は)、計量法により(その前身の度量衡法でも)、 取引に使われる測容器について、計量検定所での検定が必要だったことを理解しておく必要があります。 検定を受けるには検定料が必要で、検査目的の使い捨て同様のピペットをそれぞれ検定していては、原価に引き合いません。 そこで当時の駒込病院の院長(二木謙三)が当局者を説得して、検定なしで使えるようにした。 それで「駒込ピペット」と呼ばれるようになったとのことです。 (https://www.cick.jp/referral/history.html 参照)

この駒込ピペットの使い方ですが、小指と薬指でガラスの部分を固定し、 親指でゴムの部分を押しつぶすようにして吸ったり出したりするのがよいと思います。 ゴムのところを人差し指と親指で摘んで持つと、 ピペットの重さで液を漏らしたりすることがあります。

ところでスポイトという言葉、これはオランダ語 spuit から来ています。 辞書を見ると注射器(syringe)、細い噴流といった意味があるようで、 微妙に日本で使われるのとニュアンスが違っているようです。

ホールピペット/メスピペット

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これはもうご存知でしょう。 写真上がメスピペット(ドイツ語 Messpipette。英語では、人の名を冠してモールピペット Mohr pipette と呼ばれることが多いようです)、 下がホールピペット(全量ピペット。 いかにも英語らしい名前ですが、英語では whole pipette ではなく one-mark pipette と呼ばれるようです。 意味としてはドイツ語で Vollpipette と呼ばれるのが近く、“ドイツ語風英語”というべきでしょうか)。

ある決まった容量を取るのであれば、ホールピペットの方が精度が出ます(典型的には 2 μL)。 あまり高い精度を求めない(典型的には 10 μL)のであれば、メスピペットの方がいろんな容量に対応できて便利です。

ヌッチェ・吸引瓶

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化学実験でヌッチェ(ドイツ語 Nutsche。 ただし発音は“ヌーチェ”のはずで、なぜヌッチェと促音で発音するかは??)というのは、ブフナー・ロートのことです。 写真のように、吸引瓶に取り付けて使います。

なおブフナー・ロートは、正しくはビュヒナー・ロート Büchner-Trichter と呼ぶべきものらしいです。 発明者である Büchner と生化学者の Buchner が取り違えられて、ブフナー・ロートと呼ばれるようになったとのこと (http://en.wikipedia.org/wiki/B%C3%BCchner_funnel)。 この混同は、1930年代にすでに問題になっているようです (W. B. Jensen, J. Chem. Educ. 83 1283 (2006))。


グラスフィルター

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グラスフィルターには、今回使用する、足のないルツボ型のものと、足の付いたロート型のものがあります。 足が付いていると、足の部分に付着した水が蒸発しにくく、濡れた沈殿を乾燥させるのに時間がかかるので、 重量分析で使用する際には足のない型を使います。 ただし足がない分、吸引ろ過するのに、写真のようなガラスのアダプターを必要とします。 吸引ろ過の際には、ゴムのチューブをアダプターに嵌め、そこにグラスフィルターを乗せます。

グラスフィルターには、フィルターの目の粗さが4段階ぐらいあって、G1、G2、G3、G4 と番号が大きくなるにつれて、目が細かくなります。 今回使用するのは G3 です。

なお「グラスフィルター」と呼ぶのが普通で、「ガラスフィルター」とはあまり呼びません。 化学で「ガラスフィルター」というと、たぶん光学フィルターを思い浮かべる人が多いです。 なぜそうなるのか、・・・ よく分かりません。


湯浴

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湯浴 water bath は 100 ℃以下程度に加熱するのに用います。 化学実験で普通に使用されるのは、写真に示すような銅製のなべで、上に同心円状のリングが乗っています。

通常は「湯浴上」で加熱します。 つまり下でグラグラ湯を沸かし、その蒸気で容器を加熱するのです。 加熱する容器のサイズに合わせて、リングを適宜はずしたり付けたりして使います。 たまに加熱条件を一定にするために「湯浴中」で加熱することもあります(たとえば COD の測定で過マンガン酸を加えた溶液を加熱する際)。 この場合には加熱中、容器が転倒しないように注意が肝要。


デシケーター

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化学実験でデシケーター desiccator というと、図のようなガラス製の容器です。 身とフタが摺りあわせになっていて、身の方の穴の開いた白い陶板の下には乾燥剤(ここではシリカゲルを使用します)が入っています。

学生実験で使うデシケーターは、しばしば身とフタが合っておらず、少し隙間ができたり、摺りの部分がはみ出したりしています。 試薬瓶と違って、身とフタを別々に置いておく事はまず考えられないので、たぶんこれは身かフタどちらかが壊れ、残った方を使い回しているうちに、 このような状況になったものと思われます。 デシケーターでよくある破損事故は、デシケーターを運ぶとき、身だけを持っていてフタが滑り落ちるというケースです。 デシケーターを運ぶ際には、身とフタを一緒に持つようにしましょう。


水流ポンプ/安全瓶

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無機・分析実験では、吸引ろ過で真空に引く際、水流ポンプ(アスピレーター aspirator)を使います。 現在、学生実験では写真の赤枠に示す、“垂れ流し”型の水流ポンプを使っています。 コンパクトなのですが、水を浪費するので考えものです。

水流ポンプは、水流を急速に絞り込むと流速が大きくなり、圧力が流速の2乗に応じて下がること(ベルヌイの原理。圧力が下がる効果自体はベンチュリ効果) を利用しています。 なので急に水を止めたりすると、水が逆流してきます。 水流ポンプを使用する際は、安全ビン(写真中ピンクの枠で囲ってある。無論安全ビンは危険な薬品が吸い込まれ、流しに垂れ流されないためにも必要)を介して、 吸引ビンなりにつないで下さい。 そして水流ポンプを止める時は、まず安全ビンのコックを開いて内圧を大気圧近くに戻してから、水を止めてください。



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