アルカリ熔融する際に、アルカリ(炭酸塩なども可)や酸化剤(硝酸塩あるいは空気酸化でも可)として何を用いるか、 分量をどうするかにはいろんな手法がありえます。 ここで採用した方法は、直接的には70年以上前 1935年刊行のHenderson らの本[1] に記載されたものを 1/10 スケールにしたものです (元来は19世紀も半ばに遡る由緒正しい(?)もの [2] のようです。)。 この手法ではアルカリとしては水酸化カリウムを、酸化剤としては塩素酸カリウムを用います。 出だしの水酸化カリウム・塩素酸カリウムの融解液を扱う所で注意を払う必要がありますが、 アルカリ熔融で温度を余り上げる必要がなく、アルカリの量が抑えられていて吹き込む二酸化炭素も少なくて済み、全体としてはすんなり進む手法です。 さすが長年にわたって行なわれている(た?)方法だけのことはあります。
文献:
過マンガン酸カリウムの合成は大きく、次の2段階で行います。
典型的な化学反応方程式:
3MnO2 + 6KOH + KClO3 → 3K2MnO4 + KCl + 3H2O
典型的な化学反応方程式:
3K2MnO4 + 2CO2 → 2KMnO4 + MnO2 + 2K2CO3
** この混合比では、モル比が大まかにMnO2 : KOH : KClO3 = 3 : 5 : 1 になっていて、 水酸化カリウムが若干足りない構成になっています。 水酸化カリウムを増やすと次の中和操作で手間取ることになるので、水酸化カリウムの量を絞ってあるもののようです。 二酸化マンガンは安価なので、二酸化マンガンを惜しむより、全体の効率を優先させたというところでしょうか。
** ろ紙に溶液を1滴垂らしてみて、緑が見えなくなったらOKです。 この操作で、反応の中で酸化マンガンの沈殿ができてくることも確認できます。
*** 紙のろ紙では過マンガン酸で酸化されてボロボロになってしまいます。 昔の本ではアスベストを使ってろ過するように書いてあるのですが、 アスベストに変わる材料に何が良いか成案が得られず(ロックウールなどでは水とのなじみが悪く、うまくろ過できませんでした)、 ちょっと値が張りますがガラス繊維ろ紙を使うことにしました。 ガラス繊維ろ紙にはろ過速度が速いほうが良かろうと、アドバンテックのGA-100 を使いました。 直径7 cmのもので1枚25円ぐらいです。
**** 以下の濃縮過程が、この合成操作で面倒なところです。 アスピレーターで外気を通じるように指定したのは、少しでも蒸発を速くしようという工夫です。 有機実験で使うエバポレーターにかけることも考えたのですが、 話が大がかりになり、後の洗浄なども大変そうでやめました。 もっとうまい手があるかもしれません。
***** 収率の計算を、何を基準に行なうかは微妙な問題があります。 二酸化マンガンを主に考え、MnO2 7.5 g が100%過マンガン酸カリウムになったら13.6 gなので、13.6 gに対する比で考えるのがたぶん普通です。 最初の反応のところで量的にもっとも少ない水酸化カリウムを中心に考えるのも、悪いとまでは言えないと思います。 あるいは1/3のマンガンが二酸化マンガンとして回収されることを念頭に、理論収量を割り出し、それと現実の収量の比を収率としても悪いとは言えないでしょう。 ここらへんは、実験する人の関心の在り処によるので、収率の算定の根拠を明確にしておけばよいということにしています。
シュウ酸を標準物質に、過マンガン酸カリウム滴定を行なうことで過マンガン酸カリウムの純度を調べます。
2 KMnO4 + 5 H2C2O4 + 3 H2SO4 → 2 MnSO4 + K2SO4 + 10 CO2 + 8 H2O
この反応は自己触媒反応として有名で、生成するMn(II) が反応の触媒として働き、滴定が進むに従って反応がサクサクと進行するようになります。
この合成実験は2人組で行なってもらい、07年度には6グループ、08年度には8グループが挑戦しました。 結果、収量の平均は約2 g、最高で 3 g程度、最低で0.1 g程度でした。 純度については8割がたのグループが90%以上でしたが、60%足らずの純度のグループもありました。 純度が低いグループの過マンガン酸カリウムには、茶褐色の粉末状のものが認められ、 濃縮段階で過マンガン酸カリウムが何らかの原因で分解したもののようです。
過マンガン酸の合成反応は、 ぼくにとって思い出深い反応です(その昔、駿河屋の缶入りプリンの空き缶に、 洗濯ソーダと乾電池をばらして取った二酸化マンガンを放り込んで実験していました)。 またいろんな意味で化学的に興味深い反応です。
マンガン酸が過マンガン酸になる反応は、pH 変化によって引き起こされる不均一化反応、 自己酸化還元反応の典型的な例です(3 Mn(VI) → 2Mn(VII) + Mn(IV))。 酸素の実験室的な製造法である、二酸化マンガン触媒による塩素酸カリウムの分解反応
2 KClO3 → 2 KCl + 3 O2
が、アルカリを加えることでマンガン酸の合成法に様変わりするというのも、 触媒反応の内実を考える点で興味深いものです。 さらに過マンガン酸によるシュウ酸の酸化では、自己触媒反応に出会うことになります。 そしてこうした変化が、さまざまな色の変化をともなって起きるのです。
現在この合成のプロセスをもっと身近なものから出発するものにしようと、 使用済み乾電池からマンガンを回収して過マンガン酸カリウムに転換する道筋を検討中です。 けれども実験時間内に収まる手際の良い手法が、なかなか見つからず苦戦しています。 いろいろご教示いただければ幸甚です。