2008.6.29.

過マンガン酸カリウムの合成

07年度から試験的に過マンガン酸カリウムの合成と分析の課題を導入しました。 黒い二酸化マンガンが酸化的な雰囲気でアルカリ熔融することで緑のマンガン酸塩になり、 さらに酸の作用で赤紫の過マンガン酸塩になるという変化は劇的で、 古くからよく知られています (シェーレ Scheele (18世紀スウェーデンの化学者。酸素の発見などで有名)はマンガン酸を「無機(鉱物 mineral)カメレオン」と呼んだそうです。 現在では「カメレオン溶液」と呼ぶのが普通ですかね?)。

 アルカリ熔融する際に、アルカリ(炭酸塩なども可)や酸化剤(硝酸塩あるいは空気酸化でも可)として何を用いるか、 分量をどうするかにはいろんな手法がありえます。 ここで採用した方法は、直接的には70年以上前 1935年刊行のHenderson らの本[1] に記載されたものを 1/10 スケールにしたものです (元来は19世紀も半ばに遡る由緒正しい(?)もの [2] のようです。)。 この手法ではアルカリとしては水酸化カリウムを、酸化剤としては塩素酸カリウムを用います。 出だしの水酸化カリウム・塩素酸カリウムの融解液を扱う所で注意を払う必要がありますが、 アルカリ熔融で温度を余り上げる必要がなく、アルカリの量が抑えられていて吹き込む二酸化炭素も少なくて済み、全体としてはすんなり進む手法です。 さすが長年にわたって行なわれている(た?)方法だけのことはあります。

文献:

合成の概要

過マンガン酸カリウムの合成は大きく、次の2段階で行います。

A.二酸化マンガンの酸化によるマンガン酸カリウムの生成

典型的な化学反応方程式:

3MnO2 + 6KOH + KClO3 → 3K2MnO4 + KCl + 3H2O

B.マンガン酸カリウムの不均一化による過マンガン酸カリウム生成

典型的な化学反応方程式:

3K2MnO4 + 2CO2 → 2KMnO4 + MnO2 + 2K2CO3

A.二酸化マンガンの酸化によるマンガン酸カリウムの生成

試薬

操作

KMNO4
使用した空き缶と混合用の針金
  1. スチール缶(缶コーヒーの空き缶で十分)を底面から5 cmぐらいのところで切り、バーナーの火で塗装を焼いた後、スチールたわしで磨いて塗装を落とす。
  2. 水酸化カリウム8 gと塩素酸カリウム4 gを、乳鉢を用いてよく混合する(メガネの着用確認!)。
  3. 三角架上にスチール缶を置き、バーナーで赤熱するまで加熱し塗装が完全に脱落、あるいは灰化したことを確認した後バーナーを消し、水酸化カリウムと塩素酸カリウムの混合物を入れる。
  4. バーナーで加熱し、内容物が溶融したらバーナーを止め、かき混ぜながら* スチール缶に二酸化マンガン7.5 gを少しずつ入れる**
  5. 針金を用いて撹拌しながら、バーナーでスチール缶に赤みが差す程度まで10分程度加熱する。
  6. 放冷後、スチール缶の内容物を取り出す。

* 反応が進むに従って固まってきますが、できるだけよくかき混ぜます。 なお攪拌をきちんとしていないと、二酸化マンガンに含まれている水分が突沸して内容物が飛び跳ねることがあります。

** この混合比では、モル比が大まかにMnO2 : KOH : KClO3 = 3 : 5 : 1 になっていて、 水酸化カリウムが若干足りない構成になっています。 水酸化カリウムを増やすと次の中和操作で手間取ることになるので、水酸化カリウムの量を絞ってあるもののようです。 二酸化マンガンは安価なので、二酸化マンガンを惜しむより、全体の効率を優先させたというところでしょうか。

B.過マンガン酸カリウムの生成と結晶の採取

操作

KMNO4
溶液の濃縮の様子
  1. A で得られた反応物を300 mLの三角フラスコに入れ、150 mLの水を加えセラミック金網上で加熱する。
  2. ここにボンベから二酸化炭素を吹き込む*
  3. 完全に溶液の色が変色したことを確認後**、二酸化炭素の吹込みを止め、 フラスコの内容物をガラス繊維ろ紙***を用い吸引ろ過する。
  4. 熱水で残渣を洗浄して、ろ液を洗浄液とともに三角フラスコに入れる。
  5. セラミック金網上でバーナーでおだやかに沸騰する程度に加熱し、 アスピレーターで吸引し外気をフラスコ中に通じ、 液量が半分程度になるまで濃縮する****
  6. 濃縮した溶液を、熱いままガラス繊維ろ紙を用い吸引ろ過する。。
  7. ろ液を三角フラスコに入れ、再びセラミック金網上でおだやかに沸騰する程度に加熱し、 アスピレーターで吸引し外気をフラスコ中に通じながら濃縮する。
  8. フラスコを氷冷し結晶が析出し終わったら、ガラス繊維ろ紙を用いて結晶をろ取し、少量の水で洗浄する。
  9. 得られた針状の結晶を時計皿に取り、空気中で乾燥し、収量を量る*****

* 二酸化炭素のボンベがなければ、息を吹き込んでもかまいません。 10分ほど息を吹き込んでいると、色が変化してきます。 自分の息を吹き込んで緑から赤に変色していくのを見ると、ちょっと感動です。

** ろ紙に溶液を1滴垂らしてみて、緑が見えなくなったらOKです。 この操作で、反応の中で酸化マンガンの沈殿ができてくることも確認できます。

*** 紙のろ紙では過マンガン酸で酸化されてボロボロになってしまいます。 昔の本ではアスベストを使ってろ過するように書いてあるのですが、 アスベストに変わる材料に何が良いか成案が得られず(ロックウールなどでは水とのなじみが悪く、うまくろ過できませんでした)、 ちょっと値が張りますがガラス繊維ろ紙を使うことにしました。 ガラス繊維ろ紙にはろ過速度が速いほうが良かろうと、アドバンテックのGA-100 を使いました。 直径7 cmのもので1枚25円ぐらいです。

**** 以下の濃縮過程が、この合成操作で面倒なところです。 アスピレーターで外気を通じるように指定したのは、少しでも蒸発を速くしようという工夫です。 有機実験で使うエバポレーターにかけることも考えたのですが、 話が大がかりになり、後の洗浄なども大変そうでやめました。 もっとうまい手があるかもしれません。

***** 収率の計算を、何を基準に行なうかは微妙な問題があります。 二酸化マンガンを主に考え、MnO2 7.5 g が100%過マンガン酸カリウムになったら13.6 gなので、13.6 gに対する比で考えるのがたぶん普通です。 最初の反応のところで量的にもっとも少ない水酸化カリウムを中心に考えるのも、悪いとまでは言えないと思います。 あるいは1/3のマンガンが二酸化マンガンとして回収されることを念頭に、理論収量を割り出し、それと現実の収量の比を収率としても悪いとは言えないでしょう。 ここらへんは、実験する人の関心の在り処によるので、収率の算定の根拠を明確にしておけばよいということにしています。


KMNO4
得られた過マンガン酸カリウムの結晶

C.過マンガン酸カリウムの純度

シュウ酸を標準物質に、過マンガン酸カリウム滴定を行なうことで過マンガン酸カリウムの純度を調べます。

2 KMnO4 + 5 H2C2O4 + 3 H2SO4 → 2 MnSO4 + K2SO4 + 10 CO2 + 8 H2O

この反応は自己触媒反応として有名で、生成するMn(II) が反応の触媒として働き、滴定が進むに従って反応がサクサクと進行するようになります。

試薬

操作

  1. 合成した過マンガン酸カリウムを約 0.15 g精確に取り、ビーカーで水に溶かした後、 溶液をメスフラスコに移し、水を加えて精確に100 mLにする*
  2. シュウ酸二水和物0.3 gを精確に量り取り、水に溶かしてメスフラスコを用いて精確に100 mLにする。
  3. シュウ酸溶液10 mLを精確にホールピペットを用いて100 mL のビーカーに取り、水30 mLと9 mol/L硫酸 4 mLを加え、過マンガン酸カリウム溶液で滴定する。 (滴定初期は反応に時間がかかるので、溶液は50℃程度に温めてから滴定した方がよい)
* 過マンガン酸カリウムは色が濃いので、外見から完全に溶解したかどうかをチェックするのは困難です。 一端ビーカーで溶かした後、メスフラスコに移すように指定してあるのは、 溶け残りの過マンガン酸カリウムがあればビーカーの底に残るので、 溶解が完全かどうかの確認ができるからです。

終わりに

この合成実験は2人組で行なってもらい、07年度には6グループ、08年度には8グループが挑戦しました。 結果、収量の平均は約2 g、最高で 3 g程度、最低で0.1 g程度でした。 純度については8割がたのグループが90%以上でしたが、60%足らずの純度のグループもありました。 純度が低いグループの過マンガン酸カリウムには、茶褐色の粉末状のものが認められ、 濃縮段階で過マンガン酸カリウムが何らかの原因で分解したもののようです。

過マンガン酸の合成反応は、 ぼくにとって思い出深い反応です(その昔、駿河屋の缶入りプリンの空き缶に、 洗濯ソーダと乾電池をばらして取った二酸化マンガンを放り込んで実験していました)。 またいろんな意味で化学的に興味深い反応です。

マンガン酸が過マンガン酸になる反応は、pH 変化によって引き起こされる不均一化反応、 自己酸化還元反応の典型的な例です(3 Mn(VI) → 2Mn(VII) + Mn(IV))。 酸素の実験室的な製造法である、二酸化マンガン触媒による塩素酸カリウムの分解反応

2 KClO3 → 2 KCl + 3 O2

が、アルカリを加えることでマンガン酸の合成法に様変わりするというのも、 触媒反応の内実を考える点で興味深いものです。 さらに過マンガン酸によるシュウ酸の酸化では、自己触媒反応に出会うことになります。 そしてこうした変化が、さまざまな色の変化をともなって起きるのです。

現在この合成のプロセスをもっと身近なものから出発するものにしようと、 使用済み乾電池からマンガンを回収して過マンガン酸カリウムに転換する道筋を検討中です。 けれども実験時間内に収まる手際の良い手法が、なかなか見つからず苦戦しています。 いろいろご教示いただければ幸甚です。


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