1999.6.4.

99年度「モール塩の合成と分析」のレポート評

吉村洋介(=2番目に良い吉村!)

1.もっと読み手の立場に立って

レポートの書き方については、説明の時にもプリント(「『モール塩の合成と分析』のレポートについて」)を渡しましたが、ここでは特に、「読み手の側に立って書く」ことを強調しておきたいと思います。

1-1.結果を再構成すること

読み手は、書き手がどういう順序で実験したかなどについては、あまり関心がありません。読み手は、書き手がその実験で「何を求め」「何を得たか」に関心があると思ってよいのです。ですから実験ノートに書いてある事を、順に清書したようなレポートを読むと、読み手は曲がりくねった迷路を歩かされる思いがします。推理小説で、探偵が犯人をいきつもどりつしながら追い詰めていくのを読むのと同じ事で、書き手(探偵、犯人)に読み手が十分感情移入できるならば、これはハラハラドキドキでおもしろいですが、みなさんのレポートでは、それは期待薄です(中には、次にどんなドジを踏むのか、楽しみなのもありますが)。前にも述べましたが、要は、推理小説の最後の一章、関係者一同集まっての大団円を書くつもりになって欲しいです。 実験した時系列に沿って書くのが有効な場合もありますが、たいていの場合、冗長なものになることが多いようです。とにかく、結果をよく眺めて、コンパクトに最終結果をまとめるよう努力してください。そうした作業は、自分の実験結果の新しい側面を見いだす上でも、大事なことです。

1-2.「御家の事情」は控えめに

読み手には、書く側の「御家の事情」にあまり関心が無いことを前提にするべきです。当人にとっては、自分のやった試行錯誤がきわめて重要なものに思えても、そのことを長々と書き列ねるのは、友人・恋人相手にはよいかもしれませんが、一の他人にとっては、しばしば冗長な印象を与え、ユニークな実験事実、書き手の新しいアイデアなどを読み取るのを難しくします。言い訳がましいことなどを、実験結果や考察などといっしょに書かないようにしましょう。

とはいうものの、実際に書いていると、「これがうまく行かなかったのは、寝不足だったからだ」「ぼくはこんなことも知っている」「この操作には苦労した」「野球大会ではがんばったんだ」といったことを、大いに書きたくなるものです。そういった内輪の話は、できるだけ本文から外しましょう.今回の実験レポートの場合は、最後に「感想」とでもいう項目を設けて、「もっとましな教師はいないのか」などなど、思う存分書いていただければ結構です。

1-3.個々の操作・計算より、その“こころ”を

個々の操作より、結果を与えるに至る筋道、あるいは今書いていることが実験の道程でどういう位置にあるのかを、読み手にうまく伝える事が大事です。「方法」と「結果」の記述については、説明の時に渡したプリントでも述べたところです。ここでは、滴定値からのモール塩の純度の決定の記述を取り上げましょう。

みんなのレポートでよく見られるのは、次のようなパターンです。:

<シュウ酸を0.3110 g、モール塩1.9861 g、それぞれとって水に溶かして100 mlにした溶液を、それぞれ精確に10.00 mlとって過マンガン酸カリウム溶液で滴定したら、それぞれ滴定値は10.02 ml、10.14 mlだった>という場合・・・

シュウ酸と過マンガン酸の反応式は
2MnO4- + 5C2O42- + 16H+ → 2Mn2+ + 10CO2 + 8H2O
なので、過マンガン酸カリウム溶液の濃度をx mol dm-3とすると、
 MOHR99EQ1
より、x = 9.85×10-3 mol dm-3。ここでモール塩溶液の濃度をy mol dm-3とすると、
MnO4- + 5Fe2+ + 8H+ → Mn2+ + 5Fe3+ + 4H2O
なので
 MOHR99EQ2
より、y = 0.0499 mol dm-3。したがって、モール塩の純度は
 MOHR99EQ3

計算がまちがっているわけではありません。また実験をやりながら、結果を一歩一歩確認する意味では、こうした計算は必要なことでもあるでしょう。でも実験ノートにはよくても、レポートにこうした叙述をすることには、あまり感心できません。実際、これらの式を、ざっと眺めて、何をやっているのかある程度の見当はつきますが、その内実を理解しようとすると、結構骨が折れます。たぶん書いた当人も、式を書いている当座はよくても、しばらく時間がたったら、なぜ10/100なのか、なぜ10/1000なのか、あいまいになってくるのではないでしょうか?またモール塩の純度を求める過程で、それぞれの計算はどういう位置にあるのでしょう?

もっと計算の背景にある“考え方”を書くようにしましょう。たとえば次のような書き方が望ましいと思います。

シュウ酸と過マンガン酸の反応式は
2MnO4- + 5C2O42- + 16H+ → 2Mn2+ + 10CO2 + 8H2O
で表わされる。したがって滴定の当量点では、滴定初期の溶液中のシュウ酸の物質量mOxと、加えた過マンガン酸の物質量m1の間には
 MOHR99EQ4 (= 反応進行度)
という関係が成り立つ。またモール塩溶液の反応は、次式のようになる。
MnO4- + 5Fe2+ + 8H+ → Mn2+ + 5Fe3+ + 4H2O
したがって滴定の当量点では、滴定初期の2価の鉄の物質量をmFeIIとし、加えた過マンガン酸の物質量をm2とすると次式が成り立つ:
 MOHR99EQ5
濃度がc mol cm-3の溶液の容積v cm3中の物質量はcv molに等しいので、過マンガン酸カリウムの標定の際の滴定値をv1 ml、モール塩溶液の滴定値をv2 mlとすると、モール塩溶液v0 ml中の2価の鉄の物質量は、次式で与えられる:
 MOHR99EQ6
モール塩の秤量値から式量を用いて計算される滴定溶液中の2価の鉄の物質量mcalcと、滴定によって求められるものとの比をモール塩の純度Pとすれば、純度は次式で与えられる。
 MOHR99EQ7
実際に得られた数値を代入して計算すると、純度は98.6% となる。

もしこれで寂しいと思うなら、 mOxなりを計算する説明を付け加えればよいのです。先の計算式を並べた場合に比べて、こうした形で整理しておいた方が、たとえば純度Pが低すぎる場合に、見通しのよい議論ができるでしょう。

1-4.もっと文章を書こう

もっと、読み手に向かって語りかけることに努めましょう。計算式を投げ出したようなレポート、マニュアルよろしく操作順に事項が並べてあるレポート。そういうレポートは、読む側に数字・数式あるいは項目の意味を探るための負担を強いることになりがちです。もっと「文章」を書いて欲しいのです。

むやみと内容の無さを文章で飾るのは感心しませんが、「数字に語らせる」には、その数字に立ち至った事情について、読み手に説明が必要です。また箇条書きにしてわかりやすくなる場合もありますが、むやみと箇条書きにすると、かえってそれぞれの事項のつながりを読み取りにくくします。そのあたりにもっと配慮してください。またそうした記述をするには、十分に内容を理解していることが必要であり、先に述べた「結果の再構成」が重要であるはずです。

2.いくつかの補正について

今回の重量分析の分析値の処理について、特に説明しなかった補正、浮力補正とろ紙の灰分の補正について、少し説明しておきます。

まず、モール塩の密度は1.9 g cm-3、酸化鉄の密度は5.2 g cm-3 なので、モール塩とそこから生成する酸化鉄の質量比を求める時、浮力補正しないと4×10-4程度、質量比を過大評価することになります。なお容量分析では、浮力補正は今回の場合、小さいものに止まります。シュウ酸の密度は1.7 g cm-3なので、容量分析で得られるモール塩中の鉄の割合には、浮力補正は7×10-5程度しかききません。

次に、重量分析で用いるろ紙の灰分の質量は、今回の場合、メーカーを信じれば、0.06 mg 以下です。ですから、0.1 mgの桁に1だけ寄与することになります。ですから重量分析で4桁まで正確なデータを求めようとするならば、この2つの補正は重要です。しかし、ルツボの恒量化が0.3 mgで判定されているので、今回の場合、この2つの補正はあまり考慮する必要がないと考え、皆さんに補正を行うことを特に求めていません。

3.数字の丸め方について

有効数字の丸め方について混乱があるようなので付記しておきます。たとえば、0.42と0.43の平均0.425を、0.42とすべきか、それとも0.43とすべきかです。

これにはいろんな考えがあり得るのですが、標準的に採用されている(日本の工業規格ではJIS Z 8401。こんな所にも規格がある!)のは次のような考え方です:

①できるだけ近い数に丸める。

②丸めた結果が偶数になるようする。

①の方は、0.463を0.46にしようという話。まさに“四捨五入”で、たぶんみんな納得する所でしょう。②はどういうことを言っているかというと、先の0.42と0.43の平均0.425の扱いについて、単純に“五入”せずに、0.42にしようということです。もう少しこの“こころ”を言うと

切り捨てるか、切り上げるか迷ったら、1/10刻みでなく、1/5刻みで考えよう

ということです。先の例に即していうと、0.425を0.42か0.43かと迷ったのは、0.40から0.50まで0.01刻みの目盛りだったからです。それを、0.02刻みの目盛りだとすれば、0.40、0.42、0.44、0.46、・・・のどれに近いかですから、これは問題無く0.42ということになる、というわけです。

最後に

担当者の無能と怠慢で、レポートの返却が遅くなってすいませんでした。


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