2004.4.29.

2004年度「分析実験の基礎」の課題とねらいなど

2002年度から新たに、「3.分析実験の基礎 ―― データの取扱いとpH」という課題が加わりました。

これは近年、

といったことに対応して考えられた課題です。 さらに今年2004年度から、レポートを書く練習の要素も加えることになりました。

この課題は大きく、

の課題からなっています。

データの取扱いでは、「データを取ること」「データを表(図)にまとめること」から始まり、得られた統計量について、それぞれの「平均」(=「期待値」)についても考えてもらうことを期しています。 pHについての扱いは、ここでは定性的なレベルに止め、定量的な取扱いは後の課題「8 弱酸の解離平衡とpH」で扱うことになります。 レポートの作成は、セスキ炭酸ナトリウムの塩酸への溶解にともなう重量変化に取材して実施します。 このレポートの作成の課題は、初年度まで「データの取扱い」の一環で取り上げていた炭酸カルシウムの塩酸への溶解の課題を改変したものです。

この課題の実験は2人一組で行います。 また内容的にかなり広い範囲にわたるので、「消化不良」をおこさないよう、3日目には「まとめの会」を設定しています。 まとめの会では、6人ぐらいずつのグループで、約1時間の準備の後、OHPを用いて何をやったか説明してもらい、それに対し教員がコメントを加える形で進行させています。

発表課題は次のようなものでした(1グループ15分程度):

この実験そして「まとめの会」については、一緒に実験し議論する中で互いの「パートナーシップ」を高めてもらうことも期待しています。 なお統計的取り扱いについては、全員の統計を得ておくのが有用なので、1日目の終了時点でデータシートを提出してもらい、当方で結果を整理してスプレッドシートに入力、2日目に返却という手順を踏みました。 なお今年レポートを書く練習が加わったので課題を減らしたのですが、時間的な余裕があまりないようで、まだ課題の整理・縮小が必要なようです。

1.データのまとめ方と統計的取扱いの初歩

BB弾、水滴の質量を題材に、データの収集・整理、そして平均値、分散、標準偏差の算出について実習します。 得られた分散や標準偏差から測定の精度について考え、「平均の平均」「分散の平均」などについても考察をめぐらしてもらい、さらに身近なものの重さや体積についての感覚をつかんでもらうことができると期待しています。

この課題で扱うような、表を作成し、平均や標準偏差を取るという操作は、今日ではパソコンでスプレッドシート(EXCELなど)を用いて行われ、手作業で行うことはあまりありません。 しかし、ここでは敢えて、配布する用紙にデータを記入し、電卓片手に平均・標準偏差などの統計処理を行い、度数分布を作成してもらうことにしています。 それは

  1. 実際にデータを収集するという経験を積み
  2. 膨大データを平均や分散といった特性値に凝縮させること意義を体得してもらい
  3. 図や表の書式に親しんでもらう(特に余白をとること)
ためです。

BB弾について、1個ずつ、10個ずつ、水滴については2滴ずつ、20滴ずつの統計を取ってもらいます。 このことで、そもそもの平均や標準偏差など基礎的な統計量について、理解してもらうとともに

ことを知ってもらうのが眼目です。 また同時に

ことについて認識を深めることも目指しています。

1A.BB弾

使用するBB弾はSANSEI製のノーマルウェイト型(公称0.12 g)で、ロットの違うものが2種類入っています(ロットによって平均質量がちがい、それぞれ0.113 gと0.115 g)。 2種類のロットの混合物なのは、当初から意図したわけではなくたまたま足りなくなって買い足した結果です。 ただしボトルを3種類用意してあるのですが、ボトルごとに混合比が違うので、いろいろ考えてもらう材料が増え、結果的にはよかったかもしれません。

1B.1滴の体積

この課題は、2001年度までは「測容器の誤差」の課題の中で、ピペットから滴下する水滴の数を数える形で実施されていました。 1滴の体積がどの程度のものになるかを知り、またピペットの操作に慣れてもらい、さらにその統計的な意味合いに触れてもらう(1滴の体積の相対的な誤差は10%程度だが、5 mLの滴数にすると相対誤差は1%程度になる)ことを意図していたのですが、学生諸君が統計的な含意にまで到達することはありませんでした。 そこで統計に関する課題が組まれることにともない、ピペットの操作に習熟するより、統計的な性格により焦点を絞る形で課題に組み入れることにしました。

実施に当たっては、1滴の質量を測る形を当初予定していましたが、天秤の台数の制約及びすべての課題が秤量操作になって平板な印象となるので、ビュレットから滴下して、その体積を測る形にしました。 これは後で行う滴定操作ともかかわって、(未だ効果のほどは定かではないですが)ビュレットの操作の習熟を期す上でも有効であると考えています。 なお2滴ごとの統計は、目盛りの読み取りの精度が重要な域に達します。

2.溶液のpHと緩衝溶液の性質

pHの概念に親しんでもらい、溶液の緩衝作用について定性的に理解してもらうのが主要な狙いです。 なお3-2-3の重曹の溶液についての実験は、今後の廃液処理の背景にある基礎的概念であるので、徹底を図りたいところです。 なお溶液の調整を行うが、すべてせいぜい 0.1 mL オーダーまでの精度の実験で、メスフラスコやホールピペットの出番はありません。 同様に溶液の希釈にあたっても、メスシリンダーで行えばよいのです。 pH 計の使用法について、いくつかの机で実際にやって見せます。 また万能試験紙をむやみと多量に使用しないように注意を促す必要があります。

2-1.強酸・強塩基溶液のpH

緩衝能のない場合に、どのようなpHの変化が現れるかを実験します。 緩衝能がない場合にはわずかの酸・塩基の添加でpHが大きく変動すること、さらに廃液処理の際、濃塩酸を水酸化ナトリウム溶液で中和して捨てるのが、一見妥当なようで、実際的でないことを理解してもらえることを期待しています。 なお廃液は1 Lのビーカーに貯めておいて、後でまとめて処理することを徹底させたいところです。

2-2.アンモニア緩衝溶液の性質

緩衝溶液では、少々のことで pH が大きな変動をしないことを知ってもらうのが目的です。 なお緩衝溶液として今年度、炭酸塩緩衝溶液(セスキ炭酸ナトリウム溶液)を使うことを考えたのですが、次の「容量分析の初歩」でアンモニア緩衝溶液を使うので、これまで同様アンモニア緩衝溶液で実験することにしました。

2-3.廃液のpH

この課題は、後の課題での廃液処理の方法の原理を与えるので、特に注意します。 酸性側で重曹を加えていくと、pHは炭酸のpK1程度、6.3付近になり環境基準をクリアします。 一方、アルカリ側では、pK2程度、10.3付近になり塩基性が強すぎます。 廃液処理の操作で、「中和して大量の水で薄めて流す」際に、「塩基性のものは一端酸性にして、重曹を炭酸ガスの発泡が認められなくまで加える」根拠がここにあるわけです(このことは「まとめの会」で改めて強調します)。

3.セスキ炭酸ナトリウムの塩酸への溶解

セスキ炭酸ナトリウムを塩酸に溶解させ、その際の重量の変化を測定します。 この課題の狙いは次のように整理できるでしょう。

この課題は昨年までは炭酸カルシウムの塩酸への溶解として「データのまとめ方」の一環で実施していたものを、対象をセスキ炭酸ナトリウムにして、レポートを書く練習として独立させたものです。 セスキ炭酸ナトリウムは針状結晶でサラサラしていて、また水への溶解度が高く、これまで用いてきた沈降炭酸カルシウムより取扱いが簡単で、廃液も透明で廃液処理も楽です。 しかし予備実験の結果では、二酸化炭素の質量比は式量とよく一致しますが、当量関係は炭酸カルシウムに比べると偏差が大きいようです。 これは溶解度が高いために、炭酸イオンが炭酸水素イオンになる反応が無視できないためと思われます。 なおここでは最初に出会う反応実験であることも踏まえ、1.00 N 塩酸にはすでに調製済みの市販の分析用試薬を用います。

レポート作成に当たっては「レポート例(模範レポート?)」を課題の前に配布し、それを参考にレポートを作成してもらうことにしました。 例年、最初の方に出てくるレポートでは、実験ノートを丸写ししたような長々しい“大作”や、数字だけを羅列したデータシートなどが現れることが多いのですが、今回はそうしたレポートは見当たりませんでした。 データだけ入れ替えて「レポート例」をまる写ししたようなレポートが頻出することを心配したりもしたのですが、たいていの人は独自性を盛り込もうと努力していました。 欲を言えば、一歩踏み込んだ考察を期待したのですが、それは今後に期待すべきでしょう。 今回の「レポート例」が「模範レポート」たりうるものかどうかわかりませんが、最初に「期待されるレポート」を例示したのは成功であったと思っています。


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