2005.5.10.
2005.5.21. 改訂

5 mL は何滴か?

吉村洋介

5 mL のピペットに水を取って滴下しその滴数を数えるという、きわめて単純な実験を1990年から2001年まで、「測容器の誤差」の課題の一環として行っていました。 この実験は、ピペットやビュレットから垂らす水滴1滴がどれぐらいの体積であるのかを知るとともに、ピペットの操作に習熟すること、そしてできれば多数回の測定で実験精度が向上することに触れることを期して設定したものでした。 ここではぼくが担当した、90、94、95、97、99、00、01年度、7年分の学生諸君の実験結果などを紹介しておこうと思います。

水滴を数える

容量が 5 mL のホールピペットに水を標線まで満たし、水滴を滴下して 5 mL 分の水滴数を勘定してみましょう。 実際にやってみると、次のような結果が得られます:

1回目:131 滴、2回目:130 滴、3回目:131 滴、4回目:132 滴

この実験でピペットから滴下する水滴の体積は 0.04 mL 程度。 また滴数は2滴程度ふらつく程度で、かなり安定しています。 最後に半滴ほどピペットの先端に残ったりすることを考えると、驚くべき安定さといえるでしょう。 また所要時間は人によりますが、1回の滴下数の勘定にだいたい3分から5分程度かかっていました。

実験結果から

この実験はいささか忍耐を要する実験で、滴下するピペットを持つ手の方に注意を払いすぎて、10滴数え間違ったりといったことがまれに起きます。 以下で紹介するのは、ぼくの手元にある 1990年度から2001年度までの、当化学教室3回生の学生さんたちの実験結果です(内91-93、96、98年度は、ぼくが担当でなかったことなどからデータはありません)。 とんでもない結果(10 滴分数え間違いしていると思われる結果)を除き、3回以上滴数の測定を行った、延べ 247 人分、総数 917 回の滴数の勘定結果をまとめてあります。

DROPS_AVG DROPS_STD
図1. 5 mL のホールピペットから滴下した水滴数の平均値の分布。 平均して 127 滴、標準偏差は 14 滴。 図2.同一のピペットから滴下した水滴数の標準偏差の分布。 分散の平均 4.9 滴2 から、標準偏差の不偏推定値は 2.2 滴。 ピペットから滴下する総滴数とその標準偏差・分散の間には相関は認められなかった。

図1に示すのは、滴下数の平均の分布です。 平均の滴下数は 127 滴、標準偏差は 14 滴ということになりました(メディアンをとっても 127 滴で平均と一致)。 1滴の体積はだいたい 0.040 mL、水滴が球形とすると水滴の直径は 4.2 mm というところです。 そしてピペットによっておよそ1割ぐらい、水滴の体積の変動があります。 ピペットによる水滴の体積のちがいの原因はこのデータからでは単純に判断できませんが、ピペットの先端の形状、先端の濡れ具合で変化するものと思われます。

図1から、ピペットが違うと総滴数は1割程度変化するわけですが、同一のピペットを使って水滴数を調べると、こちらはかなり安定しています。 図2には各自が3回以上勘定した水滴数のデータから計算される標準偏差の頻度分布を示します。 水滴数のばらつきの標準偏差の平均は 1.9 滴、分散についてみると平均は 4.9 滴2 でした。 標準偏差の不偏推定値としては、分散の平均の平方根、2.2 滴ということになります (標準偏差の平均が、分散の平均の平方根(2.2 滴)より小さくなるのはせいぜい4回程度の測定からえられた標準偏差であるためと考えられます)。 総滴数は 127 滴程度ですから、同じピペットから滴下したときの滴数のばらつきは 1.7% 程度。 ピペットごとの総滴数のばらつきより1ケタ、ばらつきが小さくなっています。

水滴の体積のゆらぎと実験者の技量

以下では考えやすくするために、総滴数 N のゆらぎが水滴の体積の平均 5.00/N のゆらぎに比例するという前提で扱います。 今回の場合、総滴数の変動の幅が数% 以下ですからこの前提は成り立っています。 またピペットの先端の形状等がちがっても、そこから滴下される水滴の体積の平均値は変化しても、水滴の体積のばらつき具合は変わらないと考えます。

図2に見るような総水滴数のばらつきから得られる 1.7% という数字は、水滴1滴の体積の変動が 1.7% ということではありません。 滴下される水滴の体積がそれぞれ独立であり、1滴の体積の標準偏差を σ とすると、かりに 100 滴の水滴の体積を測ればその標準偏差は 100σ ではなく 10σ になるはずです(分散 σ2 は 100 倍になる)。 かりに今回得られた総滴数の変動が、すべて水滴1滴の体積の変動に由来しているとすると、水滴1滴の体積の標準偏差は 1.7% に総滴数の平方根をかけて 19% 程度。 2割ぐらいゆらいでいる勘定になります。

上の1滴の体積が2割ぐらいゆらいでいるという計算は、あくまでも偏差が水滴1滴の体積の変動に由来しているとしてのお話です。 水滴1滴の体積の変動が正規分布で近似できるなら、 n 回の測定から得られる分散の分布は自由度 n - 1 のカイ2乗分布に従うはずです。 すると図2の標準偏差σの分布は
xn - 2 exp(-x2/2)
といった関数形になることが期待されるわけですが、σ = 0 付近の分布は期待されるよりはるかに大きい。 水滴の勘定を4回やってくれた人たちの結果(延べ164人)を抽出しても、図2の分布の形はそんなに変わりません。 つまり水滴1滴の体積の変動以外の要素、各人の技量の違いが反映されているみるのが妥当と考えられます。

ぼくが実際にピペットから落ちてくる水滴の重さを10滴ずつ量った結果を紹介すると、次のような結果がえられています(単位 mg):

1回目:515、2回目:495、3回目:529、4回目:504、5回目:510、・・・・

こうして24回やっての統計を取ると、10滴分の平均は 0.499 mL、標準偏差は 0.015 mL という結果でした。 1滴分に引きなおすと、平均は 0.050 mL、標準偏差は 0.005 mL。 1滴の体積はおよそ1割ぐらいゆらいでいる勘定です。 ですから総滴数 127 滴程度であれば、総滴数のゆらぎは 0.1 を 127 の平方根で割って 0.009。0.9%、1滴程度のゆらぎに止まるはず。 したがって実験で得られた総滴数のゆらぎ 1.7% には、水滴の体積のゆらぎからの寄与以外に 1.4%(1.72 - 0.92 = 2.0 の平方根)分、1.8滴分ぐらいのゆらぎが上乗せされていることになります。

この 1.8滴分ぐらいのゆらぎは、ほとんど各自の手練の度合いからきていると考えられます(最後の1滴分の処理からの寄与はせいぜい 0.5滴分程度でしょう。またピペットの水の残着量の変動はせいぜい 0.01 mL のオーダーで無視できます)。 総滴数のゆらぎに学生諸君の技量の度合いが大きく反映されていることは、各ピペットからの総滴数と、標準偏差の間に相関が認められない(相関係数 0.08)ことからも示唆されます(水滴の体積のゆらぎの比率が水滴のサイズに依存しないとすると、総滴数が増えればその平方根に比例して水滴数のゆらぎは大きくなるはず)。

おしまいに

この実験はいささか単調で忍耐を要する実験です。 直接学生諸君から聞いたわけではありませんが、ある程度ピペットの操作に慣れた学生にとっては、単なる苦役と映ったかもしれません。 けれども、およその1滴の体積を知る、ピペットの操作に慣れる、あるいは測容器に親しむ、実験への心がまえを持つ、という点では有意義だったと考えています。 またピペットに初めて触ったという人にとっては、そもそも滴下するという操作自体、結構新鮮なものであったようです。 そして、(残念ながらぼくの知る限りでは、学生諸君が自分から気づくことはなかったのですが、)そこから出てくる結果には、多数回の測定というものについて考えさせられるものがありました(たとえば 500 mL の液を点滴したとすると、総滴数は 10000 滴で標準偏差は 10 滴程度になるでしょう)。 現在ではこの課題は行っていませんが、この課題の持っていた役割に替わるものをどのように作っていけばよいかは今も探索中です。


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