学生実験では、最初に容量分析に関わるテーマが登場します。 容量分析についてはいろんな教科書があるのですが、細かいところになるとはしょってあることが多いようですし、活栓の操作などでは「流派」があります。 ここに紹介するのは、そうした細かい点に留意して今年行った、学生諸君向けの容量分析の説明用の文書(一部加筆)です。
定量的にかつ迅速に進行する化学反応の当量関係を利用して、濃度既知の溶液(標準溶液)と当量的に反応する溶液の体積の関係から、未知の溶液の目的成分の濃度を決定する方法を一般に容量分析と称する。 利用する反応によって、容量分析は大きく、(1) 中和(酸塩基)滴定、(2) 酸化還元滴定、(3) キレート(錯)滴定、(4) 沈殿滴定の4種類に大別される。 今回の化学実験では、このうち(1) (2) (3) に出会うことになる。 容量分析では、体積の測定精度、標準溶液の濃度の精度、当量関係の精度(反応の鋭敏さ)がともに重要になる。
左図は通常のビュレットにおけるメニスカスの位置の読み。右図は青線入りのビュレットにおけるメニスカスの読み方。 |
通常、ガラス管の中の液面は横から見ると三日月形(メニスカスmeniscus。ギリシャ語で新月の意)に見える。 この一番くぼんだ部分の高さを液面の高さとする。 これを水平方向から見て、目盛りを読む(都合のよいデータにするために、目の高さを変えたりしてはいけない!たいていの場合、かえって後でつじつまが合わなくなる)。 見やすいように、長方形の紙を鉢巻のようにしてビュレットに巻きつけるのもよく行われる手法である。 なお青線の入ったビュレットでは、メニスカスの部分で青線が一番くびれて見える部分を液面の高さとする(この青線を考案者の名を取ってシェルバッハ Schellbach の青線と呼ぶ。ちょっとお高いので、学生実験では使わない)。
なおこのメニスカスが再現性よく実現されるためには、ガラス管がきれいに塗れてくれることが重要。 また目盛り線には幅があるが、メニスカスの位置を目盛り線の上端で合わせることになっている。
測容器には、「容れて何ぼ」(受け用)のものと、「出して何ぼ」(出し用)のものがある。 測容器にはこのことを示すため、次のような刻印がしてある(現在E、Aは使わない方向):
○出し用:Ex (external)、TD (to deliver)、[A (Ausguss。測容器の等級と混同しないこと)]
これは容器から液体を出した時、容器に付着した分だけの差が出るためである(→ビュレット・ピペットの共洗い)。
残着量を一定に保つには、ピペット等の内部が均一に塗れてくれることがもっとも重要である。 通常の実験条件では、表面が油などで汚染されることによって、実験を続けているとガラスの表面が水をはじくようになる(特に髪の毛の油)。 したがって、ピペット等は使用に先立って、洗剤に付けるなどして、よく水に塗れる状態にしておく。 (磨き砂(クレンザー)での洗浄はガラス器具のよごれを落とす上で大変有効だが、測容器の内部の洗浄には用いない方がよい。磨き砂を使うとガラス表面が削れ、容量が変化することにつながる。洗剤につける以外に、発煙硫酸などより強力な薬品で清浄にすることもあるが、初心者には危険なので今回は使用しない。) なおピペット等の洗浄に用いる洗剤は強力なものなので、みだりに手につけたりしないしないように。
ピペット・ビュレットから液を出す時、残着量が減って一定になるまで、いくらでも時間をかければよいようなものだが、それでは日が暮れてしまう。 市販のピペットは、適正な流出速度になるように先端の穴の大きさを調節してあり、流出が止まったら残滴の処理をして操作を切り上げればよい(残着量はおおむね時間の平方根に逆比例して減っていく)。
☆滴定の際、ビュレットからあまり速く液を滴下すると、見かけ上、当量点より入れ過ぎた結果となる。
ホールピペットから液を出した後、先端に残った液をどうするかは厄介な問題である。 日本の市販のピペットをそのまま使う分には、吸い口を指で閉じ、手で暖めるなどして、最後の一滴まで出して使用するのがよい(そうした前提で目盛りが付けられている)。 またピペットの洗浄に当たっては、ピペットの外部を磨き砂など用いて洗い、先端部がよく水に塗れるようにしておく。
容量分析では、試料の間の互いの当量関係、濃度の相対値を求めることになる。 したがって標準とする溶液の調製が重要な問題となる。 標準物質に何を用いるかには、さまざまな流儀があるが、日本工業規格(JIS)では高い精度の分析に使用される1次標準試薬として、次の試薬が指定されている。
(2) シュウ酸ナトリウム、ヨウ素酸カリウム、二クロム酸カリウム、三酸化二ヒ素
・・・・・・ 酸化還元滴定用
(3) 銅、亜鉛
・・・・・・ キレート滴定用
(4) 塩化ナトリウム、フッ化ナトリウム
・・・・・・ 沈殿滴定用
いずれも室温で安定な固体であり、JISの基準に合致した市販品が容易に入手できる。 ただし通常の実験に用いる分には、このような高純度・高安定のものは必ずしも必要とはされず、例えば中和滴定ではシュウ酸などで十分なことが多い。 今回の学生実験でも、一部を除き標準物質にJISの1次標準試薬は用いない。
溶液の調製にあたっては、どの程度の精度が要求されているかをよく考えて、天秤・測容器の選定を行う。 また固形物を溶解して精確な濃度の試料溶液を作成する際、秤量に用いる容器、容器に移す操作法についてはさまざまな流儀があるが、それぞれの流儀の“ココロ”をよく弁(わきま)えておくことが望ましい。 たとえば秤量に時計皿を用いるのは、溶液を作る際に洗ビンで試料固体を容器に洗い落とすのに都合がよいからである。 秤量瓶を用いるのは、蒸発、飛散や潮解を防ぐためである。 またメスフラスコに溶液を流し込む際、ロートを使わない流派もあるが、これは中間に多くの器具を用いて、試料の汚染が起きるのを防ぐためである。
初心のうちは、調製した溶液が均一になるよう特に留意する。 たとえばメスフラスコに取った溶液の混合が十分でないと、ピペットでフラスコの底から吸い取って滴定を始め、滴定を繰り返すにつれて滴定値が段々小さくなっていくようなことが起きる。 ただ単にある溶液を水に注ぎ込むだけでは、均一な溶液はえられない。 あるいは放置しておいて固形物が溶解したからといって、必ずしも均一な溶液になっているわけではない。 ビーカーで溶液を調製する時は、ガラス棒などでよく攪拌する。 メスフラスコで溶液を調製する時は、標線まで液を満たした後、栓をして数回逆さにしたり元に戻したりして混ぜる(栓がゆるい時は、指で塞げばよい)。
滴定に当たっては、滴定する溶液をビーカー(あるいはコニカル(円錐)ビーカー、三角フラスコ)にとり、ビュレットから溶液を滴下して当量に達したところを求める。
滴下する溶液の混合の方法によって用いる容器は異なってくる。 容器自体を振り混ぜることで混合を行う時には、振り混ぜる際に内容物がこぼれ出ないよう、コニカルビーカーや三角フラスコが用いられる。 ガラス棒あるいはマグネチック・スターラーなど用いて撹拌する場合には普通のビーカーでよい。 普通のビーカーでは試料の汚染が起きる可能性が高まるので、専門的にやる向きにはコニカルビーカー(フラスコ)を用いることが多いようである。 しかしここでは汚染の危険より、容器自体を振ることで不慮の事故が起きる可能性のほうを重くみて(そして何より安価なので)、通常のビーカーを用いる。 なおガラス棒で撹拌する場合に、あまり激しく撹拌すると、ビーカーのガラスの壁面に傷が付くので、撹拌する時に大きな音をたてるのは好ましくない(ビーカーの中に底面が白く曇りガラスのようなものが見られるだろうが、それは諸君の先輩がカチカチやった結果。水を入れるとわからないが、乾くと見えてくる)。
濡れたままのビュレットやピペットで溶液を測り取るとき、溶液が貴重なものでない場合には、測り取る溶液を少量とって、ビュレットやピペットの内面をゆすいでから使用する。 これを共洗いという。濡れた試薬ビンに、溶液を入れたりする場合も同様である。
溶液の量が少なかったり、貴重なサンプルである場合には、器具を乾燥させてから使用することになるが、測容器の場合には高温で乾燥させるのは避けた方がよい。 ガラス容器の内容積は温度を変化させたとき完全には元に戻らず微妙に変化する可能性があり、また壁面が水をはじくようになったりするからである。
ビュレットから溶液を滴下する時、活栓の操作にはいろいろ流儀があり、片手で操作するのをよしとする派と、両手で操作するのをよしとする派がある。
片手で操作する流儀が今日では多数派であるように見受けられる(以下、右利きの場合)。 この流儀では左手で活栓を包み込むように持って操作し、同時に右手で溶液の撹拌を行う。 この派の“売り”は、滴下と撹拌を同時に行うことで、慣れれば滴定操作が迅速に進むところにある。 両手で操作する派では、左手でビュレットの根元を押さえ、右手で活栓を操作する。 そして滴下しては、活栓から手をはずして撹拌して終点かどうかを確認する。 この方法は、活栓が固かったりした場合に、片手の操作では微妙な調整が難しいときに有利である。 今回の実験では、特にどちらかに統一することは求めない。
滴定する時、反応させる2つの溶液の内、どちらをビュレットから滴下する方に選ぶかは、その時々の状況による。 1回の滴定をするだけなら原理的にはどちらをビュレットから滴下する方に選んでもよく、調製が容易で安価なものを滴下する方に選ぶのが普通である。 ただし、1次標準溶液を用いた滴定で、標定操作を経て2つの溶液の濃度比を決定するような場合には、測容器の誤差を小さくする意味で、同じ溶液を同じビュレットから滴下するようにすべきである。またこの時、1次標準溶液、試料溶液ともに同じピペットで採取するのが望ましい。*
なお滴下される側の溶液は、通常、イオン交換水などを用いて数倍に希釈する。 これは容器の器壁についた溶液からくる滴定値の負の誤差をできるだけ小さくするためである。
ビュレットから溶液を滴下する際、1滴の体積がおよそ0.05 mL程度ある。 当量点での変色が明瞭で、他の操作が十分な精度で行われておれば、これが滴定の精度を決める要因になる。 したがって、当量点近傍ではビュレットの先端にたまった液滴を、ガラス棒で取ったりビーカーの器壁にこすりつけて、半滴ぐらいずつ落とすようにするのが望ましい。
容量分析で試料溶液を何mLとるのがよいのかは、条件によってさまざまである。 精度を重視するなら、ビュレットから溶液を滴下する際の体積の分解能がおよそ 0.02 mL(半滴程度)程度であり、測容器の精度がおおむね 1/1000 であることから、20 mL程度の実験スケールが望ましいことになる。 実際、JIS などで分析法としてマニュアル化されているものでは、実験スケールとしておおむね 20 mLが採用されている。 しかし分析操作は精度のみを追求するわけではない。 たとえば今回の学生実験の場合には、よい精度での分析実験を体験する意義と大量の廃液の発生のコストとの兼ね合いから、実験スケールとしてはおおむね 10 mLを採用している。
一般に滴定の終点は、指示薬の色の変化で見分けるが、この判定についていろいろ誤解があるように見受けられる。 以下、滴定の種類ごとに、特に指示薬の働きに注目する形で、滴定に当たっての留意点を述べておく。
中和滴定に用いられる指示薬は、それ自身が酸あるいは塩基であり、溶液が酸性になれば酸型が、塩基性になれば塩基型が優勢になって変色が起きる。 したがって酸型と塩基型の中間色になった所を終点にとるのが普通。 たとえば BTB の場合であれば、黄色と青の中間、緑になったところが終点ということになる。
なお弱酸を強塩基で滴定する場合では、中和点での pH の大きな変化は比較的 pH が高いところで起きる。 こうした場合には、当量点の pH を考慮して、適切な指示薬を選定する必要がある。
酸化還元滴定では、pH の変動をモニターする酸塩基滴定と違い、酸化剤・還元剤の量の変化を直接観察する。 したがって、酸塩基滴定のように中間色になった所が終点ではなく、完全に変色したところが終点となる。
なお過マンガン酸の色は濃いので、メニスカスの上端を読むのが普通である。 またヨウ素-デンプン反応による発色は、ヨウ素とデンプンの間の錯体形成によるものだが、温度が高くなると見づらくなるので、注意が必要である。
キレート滴定では、金属イオンとキレート試薬(もっぱらEDTAが使われる)が安定な錯体を作ることを利用する。 したがって、たとえば EBT の場合は滴定の終点として、完全に赤みの消えたところを取る。
キレート滴定では、pH の設定に注意を払う必要がある。 まず EDTA が直接的にキレート生成にかかわるのは四価の負イオンとしてであるが、pH が低くなると四価の負イオンとして溶存する量が減少し、キレート生成が押さえられるようになる。 したがって安定なキレートを作らない系では、pH を高めに設定する必要がある。
さらに、一般に金属指示薬は酸(塩基)としても振る舞い、pH の変化によっても、錯イオンを形成する場合と同様の色の変化を示す。 このため緩衝溶液を用いて、溶液の pH を所定の値にしておく必要がある。 今回使用する金属指示薬の中では XO(ブランデーの品位ではない。キシレノールオレンジのこと)指示薬では、pH 領域が狭いので特に注意が必要である。