緩衝溶液は酸や塩基が少々加わってもpHがほとんど変動しない。 ここでは緩衝溶液の持つ性質を定性的に取り扱う。
緩衝溶液については、もうすでに学んでおられることでしょう。 弱酸(HA とします。ここではアンモニウムイオン NH4+)とその共役塩基(A- とします。ここではアンモニア NH3)の混合物を考え、 弱酸の解離平衡に関して次の式が成立します(溶液の非理想性は無視します)。
\begin{equation} K_{\rm{a}} = \rm{ \frac{[H^{+}] [A^{-}]}{[HA]}, ~~~~ HA ~ \rightleftharpoons ~ H^{+} ~ + ~ A^{-} } \label{eq:x} \end{equation}
ここでこの混合溶液が pH が 3 ~ 11 ぐらいの溶液になっているとすると、 水素イオン濃度 [H+]、水酸化物イオン濃度[OH-] はせいぜい 10-3 mol/L です。 ですからもし、最初に弱酸 HA とその塩 XA を 10-2 mol/L 程度以上に設定して仕込んでおれば、 それぞれの濃度 [HA]、[A-] は、仕込みの濃度[HA]0、[XA]0 とほぼ等しく、 溶液の pH は次式のようになります。
\begin{equation} \rm{ pH = - \log [H^{+}] = pK_a + \log \frac{[A^{-}]_0}{[HA]_0} } \label{eq:y} \end{equation}
もしかりに濃度 \(c \lt \rm{ [HA], [A^{-}]} \) だけ強酸あるいは強塩基を加えたとすると、 pH は次のように表されます。
\begin{equation} {\rm{pH = pK_a}} + \log \frac{{\rm{[A^{-}]_0}} \mp c}{{\rm{[HA]_0}} \pm c} \label{eq:z} \end{equation}
したがって、十分仕込みの弱酸・弱塩基濃度が高ければ( \(c \ll \rm{ [HA], [A^{-}]} \))、 少々酸や塩基を加えても pH はほとんど変動せず、 これを緩衝溶液といういうわけです。
緩衝溶液原液 | 10.82 ± 0.17 |
30倍希釈 | 10.44 ± 0.15 |
1 mol/L HCl 1 滴 | 10.38 ± 0.16 |
1 mol/L HCl 数滴 | 10.33 ± 0.15 |
1 mol/L NaOH 1 滴 | 10.34 ± 0.16 |
1 mol/L NaOH 数滴 | 10.41 ± 0.15 |
ここで調製してもらっているアンモニア緩衝溶液は、 アンモニアがおよそ 8.3 mol/L、塩化アンモニウムが 1.3 mol/L の溶液になっています。 ですからこれを数十倍に希釈しても(イオン交換水50 mL に1.5 mL加える)、濃度は 10-2 mol/L 以上あって、 1 mol/L 程度の酸・塩基溶液を1滴加えても 10-3 mol/L 程度の影響しかなく、 pH の変動はほとんど現れません。
右の表には学生の皆さん27グループの結果をまとめてみました(2019年度)。 少々塩酸や水酸化ナトリウムを入れてみても、 pH の値が安定していることが分かります(簡易型 pH 計の公称の精度が ±0.1 なので ±0.2 程度のばらつきはやむを得ないでしょう)。
緩衝溶液の pH が安定であるということを確認するだけなら、 上の結果で十分なのですが、勉強家の皆さんには疑問がわくかもしれません。 アンモニアの pKa の値を調べてみると参考資料などに 9.25 と出ています。 この値と先のアンモニア、塩化アンモニウム濃度の値を式 \eqref{eq:y} に代入してみると、 pH の値として 10.1 ぐらいになります。 実際にはかった値は、これより0.3 以上大きくなっています。 pH 計の誤差としてもいささか大きすぎます。
希釈する前のアンモニア緩衝溶液原液の pH が 10.8 ± 0.2 なのに、 それを30倍に希釈したら 10.4 ± 0.2 ぐらいまで低下していることに注目してみましょう。 さらに検討課題にあるように、さらに10倍に希釈した溶液を測ってみた学生さんたちの結果を見ると 10.3 ± 0.1 程度までさらに pH は低下しています。 これは溶液の非理想性(通常、活量係数の形で評価されます)が効いてきているのです。 実際の溶液の pH を説明する上では、 こうした問題も視野に入れないといけないことは、 ご留意願いたいところです。