本格的に化学実験にかかる前に、いくつか基礎的な事項について取り組んでもらえるように、 2002年度から「分析実験の基礎」という課題を用意することにしました。 その後、少しずつ内容を改変しながら、 新型コロナ COVID-19 の問題がなければ、20年度には次のような構成になる予定でした。
テキストのpdf版はこちら。
それぞれの課題の内実については、リンク先の文書を参照ください。 ただ「実験の基礎」といっても、さまざまな課題がある中から、 こうした課題に絞り込むにはいろんな思いがあり、 そこに取捨選択、妥協もあります。 今回の改定に当たっては、これまで別途行っていた「測容器の誤差」の課題を取り込むとともに、 従来行っていた「1滴の体積」に関わる課題を引き下げ、 粉体に関わる課題を新たに取り入れ、 画像解析の要素を盛り込むことを試みました。
これまでぼくが基礎となるテーマとして重視してきたことの1つは、 いかにいろんな要素が実験結果に寄与するか、 そして精度の高い(概ね1/1000)結果を得るためには、 どれ一つとしてないがしろにしてはならないということです。 容量分析の実験は、そうしたことを体験する上で適切な題材で、 たいていの化学系の学生実験で、最初に組み込まれているのだと思います。 そしてその中で扱われる基礎的な“修行”、 天秤で重さがどこまで精確にはかれるのか、 メスフラスコやホールピペットでどこまで精確にはかれるのか、 そしてその性能を発揮させるにはどうしないといけないのか。 昔に比べると随分簡素なものになったとはいえ、 化学のプロとしてこれから立っていこうという学生諸君には、 そういった物事に触れ、体感してもらうことは重要でしょう。
結構頑固に、ぼくはこうした路線を守ってきたつもりですが、 この所、そうした思いの伝わらなさに、愕然とすることが増えました。 以前は少数ではあるが「こんなことに何の意味があるのか」という疑問、 クレームを受けたものでした。 でも最近、そうした問いかけを聞くことが本当になくなりました。 テキストに書いてあることをこなせば、 それで事足れりという学生の何と多いことか。 また一緒に担当するTA諸君、若い教員の皆さんにも、 仮にあったとして、そうした問いかけに正面から答える準備がないと感じることがままあります。
こうなっているのはなぜなのか。 確かに学生諸君が変わったこと、 「何を学ぶのか」「何を学ばされているのか」 を問うことをしなくなった、 もう「生徒」と呼んでもいいような状態になったことがあると思います。 でも課題自体にリアリティーが乏しくなっているかもしれないことにも、 目を向ける必要があるでしょう。
ぼくが学生時代、 直示天秤が普及してきて(その後、急速に「電子天秤」に置き換わりました)、 いわゆる「化学天秤」を使った秤量操作は、 もう時代遅れになっていました。 「Gauss の二重秤量法」や「Borda の置換秤量法」といったものは、 話に聞いた程度でしたが、 それでもいわゆる振動法で、 左右に振れる天秤の針の示度を読んで、 釣り合いの位置を求めて秤量するという操作は何度もやり(らされ)ました。 やっているとそれなりに考えさせられる事があって、”教育的”でなかったとは思いませんが、 将来、直接的に役立つものでないことはぼくにも分かり、 また教えている先生方にも分かっていたと思います。 そうした課題は多分、早々にお蔵入りさせた方がいいのでしょう。 もっとも老人の感傷と、ねじり秤を使った装置(磁気天秤で使用しています)の調整で、 TAや若いスタッフが垂直方向と水平方向の調整用の重り(いわゆる重心玉と調子玉) をいい加減にいじっているのを見たりすると、 どこかできちんとした修行が必要だと思ってしまうのですが・・・
というわけで、今回は渋めの課題を引き下げて、 従来取り上げなかった粉体の問題、 スマホなどで身近に使えるようになった画像解析の話題など盛り込んでいます。 ともあれ、若い学生諸君がこれから化学実験に取り組もうとする上で、 何が「基礎」として求められるのかは、 今後とも常に問い直していなければならないことだと思っています。