2020.5
吉村洋介
2 . 実験の基礎

2-5 セスキ炭酸ナトリウム(トロナ)の塩酸への溶解

<概要>

セスキ炭酸ナトリウムNa2CO3·NaHCO3·2H2O(式量226.03)は炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムの複塩で、 天然にもトロナなどとして産出する*1。 セスキ炭酸ナトリウムは塩酸に二酸化炭素を発生して溶ける。 この反応の量論的な関係を二酸化炭素の発生による質量の変化によって調べる。 実験を通してグラフの作成や実験データの取扱い、実験の精度や当量関係への認識を深めるとともに、レポートの書き方の実習を行う。

*1 セスキ炭酸ナトリウムという名称は、字義通りには1.5倍(= セスキsesqui-)の炭酸根を含む炭酸ナトリウムという意味で Na2CO3·2NaHCO3 という組成を意味する。しかし最初にトロナを分析した Klaprothら(1802)が誤った分析結果を与えたことから、今日も慣用的に用いられている。

<操作>

  1. ホールピペットを用いて市販の標定済み5.00 mol/L塩酸*1 10 mLを100 mLの共栓付き三角フラスコに測り取り、メスシリンダーで水を40 mL取って加える。
  2. 三角フラスコと溶液の全体の重さを0.01 gまで精確にはかる(栓の重さも含める)。
  3. ここにセスキ炭酸ナトリウムを0.01 gまで精確に量って加え(最初は0.2 g程度、2回目以降は0.5 g程度)、かるく栓をして振り混ぜる。二酸化炭素の発生がおさまったら、全体の重さを0.01 gまで精確にはかる。
  4. 二酸化炭素が発生しなくなるまで(3)の操作を繰り返す(おおむね3.5 g程度必要なはずである)。
  5. さらに1~2回、セスキ炭酸ナトリウム約0.5 gを0.01 gまで精確に量って加え、全体の重さを0.01 gまで精確にはかる。

*1 試薬瓶に記載されているファクター値fに注意すること。実際の濃度は5 × f mol/Lである。

<検討>

  1. 加えたセスキ炭酸ナトリウムの総質量msと、 セスキ炭酸ナトリウムを加えた後の容器と溶液全体の質量の増加量mvおよび質量欠損 Δm = ms - mvを表にまとめよ。
  2. 横軸に加えたセスキ炭酸ナトリウムの総質量ms、縦軸に質量欠損 Δmをとって、グラフ用紙を用いてグラフを書け。
  3. グラフから塩化水素1.00 molと当量(=塩化水素1.00 molと過不足なく反応する量)のセスキ炭酸ナトリウムの質量を求め、 セスキ炭酸ナトリウムの式量から得られる値と比較せよ。
  4. グラフから二酸化炭素発生にともなうセスキ炭酸ナトリウム1.00 g当たりの質量欠損を求め、式量から計算される値と比較せよ。

<廃棄物処理>

指針 A に従って処理する。

実験に使用する共栓フラスコ トロナを加え発泡 ほぼ反応終了

レポートの書き方のこと

この課題は、簡単な実験を行なって、レポートを作成する練習をするというものです。 ここでは実験レポートについて、ぼくが学生諸君に強調したい点について述べておこうと思います。 なお取り上げている実験課題、セスキ炭酸ナトリウムの塩酸への溶解については、 以前紹介したことがあるので参照ください。 なおこの課題に関わってぼくの考える「模範レポート」を用意して、 例年、皆さんに提供しています。

興味あることを相手に伝える

いろいろ難しいこともあるでしょうが、ともかくレポートというのは、 やったこと、考えたことが、相手によく伝わるように書けばよいのです。 まずは誰に伝えようとするのかを思い浮かべてもらえばよいでしょう。 学生実験の場合は直接的には教員ですが、たぶん10年後の自分を思い浮かべてもらうのがよいと思います。 相手はある程度の化学の基礎知識を持ってはいるが、 (おそらく10年後の自分がそうであるように)実際の学生実験の事情には疎い。 そうした人が自分のやった実験について、どのような点に関心を持つであろうかを考えてみるのです。

このスタンスが高校~大学初年級のレポートと大きく違うところだろうと思います。 多くの場合、高校~大学初年級のレポートでは、すでに答えのある問題に対し、 どれだけ自分が頑張ったか、知っているかをアピールすることが重要になると思っていいでしょう。 でも“プロ”の入り口にさしかかった段階では、それもさることながら、達成した内容がいかに興味深いかにポイントが移行してくるのです。 このポイントは分野によっても異なり、たとえば物理化学的な実験では対象とする法則や原理の検証に、 有機化学的な実験では生成物の収率と純度に重きが置かれることになるでしょう。

結果を再構成すること

レポートを書くに当たっては、推理小説の最後の一章、 関係者一同集まっての大団円を書くつもりになるのがよいでしょう。 必ずしもやった順、考えた順に書く必要はないし、 あっけらかんと最初から「犯人はこいつだ(収率は20 %だった etc)」と書いた方が、 伝わりやすいことも多いのです。 その意味で、結果を分かりやすいように再構成する(改ざんではありませんよ!!)ことが大事です。

レポートの形式・書式

レポートは、やったこと、考えたことが、相手によく伝わるように書けばいいわけですが、 そのための文書の形式は必ずしも自明ではありません。 例えば昔は対話形式で書かれたレポートや論文もありましたし、 (さかのぼれば論語や孟子、プラトンの対話編などを挙げることができるでしょう。 化学の分野で言えばボイルの「懐疑の化学者」)、 手紙の形で書かれることもありました(今日でも速報は手紙の形を取ることが多いです)。 さまざまな試行錯誤の後、書きやすく、読みやすい形式として今日ではIMRAD型(Introduction - Methods - Results And Discussion)として知られる形式が普及しており、 この形式に従ってレポートを書くことが標準となっています。 皆さんにもこの形式に従ってもらえるようにお願いします。


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