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化学実験では頻繁にガラスやプラスチックでできた器具や装置を取り扱うことになる。ここではガラスやプラスチックに親しむ意味も込めて、ガラス管・ポリエチレン管の基礎的な細工について実習する。
化学実験で通常使われるガラスの材質としては大きく「並質」「硬質」「耐熱(パイレックス)」「石英」の4種類あると考えてよい。 細工する立場からいうと軟化点と膨張率が重要で、並質ガラスは軟化点が700 °C(ものによってかなり違う)で膨張率は10 × 10-6 K-1程度、 硬質ガラスは780 °Cで 5 × 10-6 K-1程度、 耐熱ガラス(パイレックス)は820 °Cで 3 × 10-6 K-1 程度、 そして石英ガラスは1600 °Cで 0.5 × 10-6 K-1程度と飛びぬけた特性を示す。 学生実験では石英ガラスは扱わない。 並質ガラスの細工は都市ガスと空気を用いたバーナーで十分可能だが、硬質ガラスや耐熱ガラスではかなり苦しくなる。 硬質ガラスや耐熱ガラスの細工には、空気の代わりに酸素(あるいは酸素富化空気)を用いたバーナーを用いた方がよい。 ガラス細工の基本操作については後に付ける参考書を見られたい。ここでは初心者が心得ておくべきポイントをまとめておく。
図1-1 ブンゼンバーナーの炎(細い実線)と酸素炎(太い実線)のスペクトル。人間の視感度(破線)がほとんどない紫外領域の発光に注意。
ガラス棒の切断はよく出会う操作なので特に言及しておく。
いずれもガラスの切断面はヤスリがけするか、焼きなますかして鋭利な箇所をなくす。 なおただ単に長いガラス管から短いガラス管を作るのであれば、加熱して引き延ばし、焼き切ってもよい。
ポリエチレン(PE)には大きく低密度ポリエチレンと高密度ポリエチレン(水道管やバケツなどに使用される)の2種があり、 実験で細工の対象になるのはもっぱら低密度ポリエチレンで、比較的加工しやすく、可塑剤等がほとんど含まれていないので汚染の心配が少なく使いやすい。 低密度ポリエチレンの融点はおよそ100 °C程度で、ポリエチレン管を引き延ばしたりする分にはヒートガンを使うのが簡便である (バーナーを使うのを好む向きもあるがあまり薦めない)。 またガラスと違って容易に切削加工が可能で、ナイフによる切断はもとより、直径数mmの穴をあけたりするにはハンドドリルが使用できる。
なおポリプロピレン(PP)はポリエチレンより融点が若干高く強度も大きいので、試薬ビンや電子レンジ用の食品容器などによく使用されている。 ただし加熱して細工する立場からは、ポリエチレンよりかなり温度を高くしないと接合が難しいので注意が必要である(200 °C程度)。 また通常ビニルチューブとして用いられているものはポリ塩化ビニル(PVC)製で、可塑剤を多く含み、また加熱を慎重にしないと分解する。
浮沈子の製作は下記のような手順によればよい:
なおこれら以外にV字棒やピペット置きなどを作っておくと便利である。
空の浮沈子の重さを w0 とし、この内部に水を満たした時、水は重さ wf だけ入るものとする。 さてこの空の浮沈子に水を重さ w だけ入れ、水を満たしたメスシリンダーに入れたとしよう。 ガラスの密度を ρg、水の密度を ρw、浮沈子内部の空気の体積を V とすると、 浮沈子が水面に浮かぶ一方、水深 h のメスシリンダーの底まで沈むと浮かび上がってこない状態が実現できた時、 次の不等式が成り立つ(空気の密度は水やガラスに比して十分小さいと見なせる):
\begin{equation} \frac{w_{\rm{f}} - w}{w_0} \gt 1 - \frac{\rho_{\rm{w}}}{\rho_{\rm{g}}} \gt \frac{w_{\rm{f}} - w}{w_0} \frac{V_h}{V_0} \label{eq:bouy} \end{equation}
ここでVhは水深hにおける浮沈子内部の空気の体積である。 大気圧はおおむね10 mの水柱程度に匹敵するので、この時 Vh/V0 はほぼ0.99程度と考えられる。 水の密度はほぼ1.00 g cm-3であるから、各机に配置されている天びんでw0、wf、 そして沈むと浮かび上がってこられない状態での浮沈子内部の水の重さ w を0.01 g程度の精度ではかれば、 1 %程度の精度でガラスの密度が評価できる。
この課題で作ってもらうのはいわゆる浮沈子と呼ばれるもの。 学生の皆さんの中には、浮沈子の実験を、たぶん小学校ぐらいで、 弁当などに入れるタイの醤油入れを使ってやったことがある人も多いかと思います。 ここではそれをガラス細工で作ってみようというわけです。 ぼくが作ってみたのは右の写真(ちょっと十円玉が威張り過ぎてますが・・・)。 皆さんに作ってもらうと、頭に帽子をかぶっていたり、足が妙に長かったり、 いろいろユニークな作品が出てきて面白いです。
そうして作った浮沈子が水に浮かぶことを確認。 入れる水の量を調節して、ギリギリ、ちょうど水面に浮かぶような状態にします。 ギリギリ水面に浮かんだ状態で沈めると、そのままではもう浮かび上がってきません。 この状態の浮沈子を取り出して、 その時、中に入っている水の量を知れば、 ガラスの密度が知れるというわけです。
まずは浮かぶかチェック。 沈没する時は、足を短くするか、やり直すか・・・ | これでギリギリ | ちょっと圧をかけると | 沈んだままもう浮かんでこない |
ともかく中に水を入れない状態で浮かべばいいのですが、 頭が重くなりすぎて(理学部では当然か?)、 足を少々短くしても、沈没して浮き上がってこないことも間々あります。 こうなる最大の原因は、ガラスの加熱が不十分なことにあるようです。 十分加熱しないまま膨らまそうとして膨らまず、何度もやっているうちに肉が溜まってきて、 頭が重くなっていくのです(中にはまさにフラスコを作ってくれる人もいますが)。
まずはバーナーの火力の一番強いところを見つけること。 ガラス管を加熱して、橙色が強くなり、 すぐにガラス管が軟化してうな垂れるところを探しましょう(思うよりちょっと上方になるでしょう)。 肉が溜まり過ぎていたら、ガラス管の端切れでこそげ落とします。 そして十分加熱して、 ゆっくり吹いてやればだいたい成功するとしたものです。 あんまり強く吹くとガラス玉が破裂しますが、 このあたりの加減などは、話を聞くより実際にやってみるのが一番でしょう。
浮力の釣り合う時の重さからガラスの密度を求めるのは、 アルキメデスの原理 「物体には押しのけた水の重さだけの浮力がかかる」 に基づいて考えるのがよいでしょう (実のところアルキメデスの原理/パスカルの原理を、 力の釣り合いの観点からきちんと導出するには、 流体の力学に関するそれなりの洞察が必要ですが、 まあそこは「原理」ということで・・・)。
問題文ではちょっと設定の構図が読み取りにくいかもしれませんが、 対象としているのは図のような物体です。 この物体 X 全体の体積 VX は
\begin{equation} V_{\rm{X}} = \frac{w_{\rm{0}}}{\rho_{\rm{g}}} + \frac{w}{\rho_{\rm{w}}} + V \label{eq:totalV} \end{equation}
になっています。 また浮沈子の中をすべて水で満たした時(\(V = 0\))の \(w\) が \(w_{\rm{f}}\)なので、 次の関係が成り立ちます。
\begin{equation} w_{\rm{f}} = w + \rho_{\rm{w}} V \label{eq:fillV} \end{equation}
さてこの物体に働く浮力は重力加速度を g とすると、アルキメデスの原理から、\(\rho_{\rm{w}} V_{\rm{X}} g\) です。 浮いている状態では全体の荷重より浮力が大きいわけですから、 次の式が成り立っています(空気の密度を 0 としています)。
\begin{equation} \rho_{\rm{w}} V_{\rm{X}} g \gt (w_{\rm{g}} + w) g \label{eq:floatingCond} \end{equation}
式 \eqref{eq:totalV} を代入して整理すると、次式になります:
\begin{equation} \rho_{\rm{w}} V \gt \left( 1 - \frac{\rho_{\rm{w}}}{\rho_{\rm{g}}} \right) w_0 \label{eq:VCond} \end{equation}
深さ \(h\) まで沈めた時の浮沈子内の空気の体積を\(V_h\)とすると、\(h = 0\)で浮いていて、 \(h\) だと沈没しているとすると、
\begin{equation} \rho_{\rm{w}} V_0 \gt \left( 1 - \frac{\rho_{\rm{w}}}{\rho_{\rm{g}}} \right) w_0 \gt \rho_{\rm{w}} V_h \label{eq:VCondx} \end{equation}
式 \eqref{eq:fillV} の関係式では \(V = V_0\) であることに注意して、\(w_{\rm{f}}\) を使って書き直すと、
\begin{equation} w_{\rm{f}} - w \gt \left( 1 - \frac{\rho_{\rm{w}}}{\rho_{\rm{g}}} \right) w_0 \gt (w_{\rm{f}} - w) \frac{V_h}{V_0} \end{equation}
こうして実験テキストにある式 \eqref{eq:bouy} が得られることになります。 なお \(V_h/V_0\) は、ボイルの法則から、大気圧を\(P_{\rm{a}}\) とすると
\begin{equation} \frac{V_h}{V_0} = \frac{P_{\rm{a}}}{P_{\rm{a}} + \rho_{\rm{w}} gh} \end{equation}
で与えられ、沈む深さを 10 cm 程度とすれば、大気圧がおよそ10 mの水柱に相当するので、 テキストに0.99 という数字が与えられているのです。
さて実際にやってみたらどの程度の数字になるか。 それは実際やってみていただくのがよいでしょうが、 概ね浮沈子の重さは 2~3 g、内容量は 3 mL 程度なものです (中には内容量が 10 mLぐらいのを作る人もいます)。 そしてガラスの密度としてはだいたい 2.5 g cm-3 ぐらい(標準偏差は 0.1 g cm-3程度)です。 これはぼくがアルキメデス法で測った値より少し小さめなのですが、 最初に取り組んでもらう実験としては、よい出来といってよいでしょう。
ここの導出を、いささかくどく思った人も多いでしょう。 でも浮力の問題はたぶん小学校くらいでも習うのですが、 きちんと事分け立てて考えていくと結構厄介です。 たとえば重さをはかる時、浮沈子の表面に水が付いているとダメなんでしょうか? あるいは浮沈子の内部といっていますが、 どこからが「内部」なのでしょう? そういった疑問にも、こうした式をきちんと立てておくと、 間違いなく答えられると思うのです。 (なおここでの力の釣り合いの式から、 浮沈子の運動方程式を組み立ててみようという人もいるでしょうが、 こうした一般的な形状の物体の流体中の実効質量の評価はなかなか難しい・・・)
ぼくはガラス細工の実験に当たって、いつも次の注意をします。
幸いにしてここ数年、大きな怪我はありませんが、 何人か軽い火傷や切り傷をする人は出ています。 一番よくあるのは、まだ冷めていないガラス管に触って火傷するパターンでしょうか。 普段、火に触れない暮らしをしているためでしょうか (マッチの使い方を知らないのは普通ですが、 今や歯車式(フリント式)のライターの使い方も微妙)、 昔に比べると全体に慎重派が増えたようで、 その分、事故も減っているように感じます。 その代わりといっては何ですが、 ガラス管を加熱するのにガスの出し惜しみをして、 灯明で炙るようなことをして、なかなか作業が進まないケースもよく見かけます (そんな時ぼくは「ブンブン行くんだ」と、ガスも空気も全開にするように言うのですが、 よほどデリカシーがない人間のように思われているようです)。
なお今回の浮沈子の製作は、通常のブンゼンバーナーで十分可能です (無論、いわゆる軟質ガラス、軟化点の低いガラス細工用のガラス管を使う必要があります)。 以前は写真のようなガラス細工用バーナー (強制送風するタイプ。昔は足ふみふいごでしたが、コンプレッサーを使っていました)を置いて、ガラス細工に取り組んでもらっていたのですが、 炎を絞ったりするにはいいものの、温度はあまり上がらず、浮沈子などの細工ではメリットがありません。 また硬質ガラスやパイレックスガラスなどの細工では、やはり酸素炎の登場となります。
40年ぐらい前までは、ガラス細工は化学実験で必須の技術だったといえるでしょう。 真空系の装置もたいていガラス製でしたし、 スポイトなど少々のガラス器具は自作で済ませるという空気がありました。 けれども出来合いのすり合わせのガラス器具の使用が普通になり、 また防火対策でガスの使用が控えられる中、 研究室でガラス細工を利用するのは、石英ガラスを使ったりするような、 かなり特殊な分野だけになってきました。 こういう状況の中、 ガラス細工の課題は現実味を失い(94年ごろまでは減圧蒸留で使う T 字管の作成が入っていました。 その後プラスチック製のT字管を使うようになり、TLC のスポットを打つキャピラリーを引くのとガラス管の接合。 07年からはガラス管の接合もなくなりました)、 指導する側も技術・知識をともなわない、何より意欲をともなわない様子が、 はた目から見て取れるような状況になってきました。
ぼくは化学実験でガラス器具を使う以上、ガラスの性質に親しむ必要があり、 ガラス細工の課題はガラスになじむよい入り口であると思っています(多分に古い世代の感傷も入っていますが)。 ですからなかば強引に担当替えをして、 「ガラス細工のためのガラス細工」の課題から一歩出ようと、 2013年にはポリエチレン細工を導入してガラス細工との組み合わせを図りました。 あまりこれがはかばかしくなかったので、 2014年からは現行の浮沈子の課題を導入して、 簡単な実験を通してガラス細工に親しむ方向にかじを切ったわけです。
以前からガラス細工用のガラス管が入手困難という話があり、 最近も国内の在庫が底をつくかもしれないという話を聞きました。 そうなった時、現状の課題を維持できるのか。 またそもそも学生実験でガラス細工の課題を維持しないといけないのか。 今後ともそのありようについては、検討を続けていかねばならないでしょう。