シクロヘキサン(沸点80.7 °C)とトルエン(沸点110.6 °C)の混合液体の沸点-組成曲線を図6-2に、 液相(x)-蒸気組成(y)曲線を図6-3に示す。
図6-2 シクロヘキサン-トルエン系の沸点組成曲線。図中細い実線は理想溶液近似による計算値。 | 図6-3 シクロヘキサン-トルエン系の液相蒸気組成曲線。図中細い実線は理想溶液近似による計算値。 点線(ほとんど重なっている)は相対揮発度を一定とした計算値。 |
仮に内容積が可変のピストン-シリンダー装置の中にシクロヘキサンのモル分率 x = 0.30 の混合液体を入れ、 圧力を1気圧に保って温度を上げていくとしよう。 温度を上げていくと図6-2のP1 で沸騰が始まって蒸気相 Q1が出現し、 蒸発が進むに従って液相が減り蒸気相が増えて、A点に至ってすべて蒸気相で占められるようになる。 蒸気相の組成は y = 0.50(液相のモル分率をx、蒸気相のモル分率をyとする)から小さくなって A では y = 0.30、液相組成は x = 0.16となる。
実験室的な蒸留操作の場合には、加熱しながら蒸気をそのつど凝縮させ系から取り除くことになるので事態はいささか複雑である。 発生した蒸気が逐次すべて液体として回収されたとすると、次のレイリーRayleighの式が成立する:
\begin{equation} \ln \frac{B_0}{B} = \int_x^{x_0} {\frac{\rmd x}{y - x}} \label{eq:Rayleigh} \end{equation}
ここで B は液相の物質量(あるいは質量)、x、yはそれぞれ液相、蒸気相中の注目する成分(成分1)のモル分率(あるいは質量分率)である。 仮に凝縮する蒸気が液相と平衡にあるとしよう(単蒸留simple distillation)。 取り扱いを容易にするため、溶液が理想溶液と見なせ、 相対揮発度 \(\alpha = P_1^\bullet /P_2^\bullet\)(純粋な状態での成分1と2の蒸気圧の比)が温度によらず一定であるとすれば、 留出液の組成(つまり蒸気相の組成 y)と液相の組成 x の間には次の関係が成り立ち、
\begin{equation} y = \frac{\alpha x}{1 + (\alpha - 1) x} \label{eq:idealsol} \end{equation}
レイリーの式は次式のように表される:
\begin{equation} \ln \frac{B_0}{B} = \frac{1}{\alpha - 1} \ln \frac{x_0}{x} + \frac{\alpha}{\alpha - a} \ln \frac{1 - x}{1 - x_0} \label{eq:Rayleigh_id} \end{equation}
単蒸留で得られたモル分率 0.50 の留出液をもう一度蒸発させると、 今度は P2で沸騰が始まり Q2 の組成(モル分率約 0.70)の留出液を得ることができ、 さらに Q2の組成の留出液を蒸発させると P3で沸騰が始まり Q3の組成(モル分率約0.85)の留出液を得る。 実際に用いる蒸留装置ではこうした過程が起きる結果、単蒸留で期待されるよりは一般に分離の効率は高くなる。 あるいはフラスコ内の沸騰温度は留出温度より低い。 相対揮発度が一定で理想溶液として扱うことができれば、 このような蒸発・凝縮のプロセスを n 回繰り返して得られる蒸気相の組成は次式で与えられる(フェンスケFenskeの式):
\begin{equation} y = \frac{\alpha^n x}{1 + (\alpha^n - 1) x} \label{eq:Fenske} \end{equation}
つまり単蒸留の場合に用いた相対揮発度 \(\alpha = P_1^\bullet /P_2^\bullet\) を実効的な相対揮発度 \(\alpha_{\rm{eff}} =\alpha^n\) に置き換えることで、 蒸留による分離の見通しを得ることができる。 こうした分離プロセスにおいて理論段数 number of theoretical plates といわれるものは、この n に相当する。 蒸発・凝縮の過程を連続的に何度も行うことで効率的に分離を行う分留操作を精留 rectification と呼び、 種々の精留装置(精留塔)が用いられている。
(注2)グリセリン浴とフラスコ内の混合液体を同時に撹拌子で撹拌する形になる。 グリセリン浴の温度は混合液体の沸点より10~20 °C高く保つ必要がある。 蒸留が進むにつれ留出温度が上がるのに合わせてグリセリン浴の温度を少しずつ上げ、留出速度があまり落ちないようにする。
(注3)留出温度の測定にはガラス温度計ではなく、浸没の補正が不要で温度変化の応答性にすぐれたデジタル温度計を使用する。 デジタル温度計の筐体はトルエン等の有機溶剤に侵されるので筐体にトルエンを付けたりしないように注意する。 ト字管の部分はアルミホイルを巻いて保温し、デジタル温度計の測温部(ステンレス管先端部)は留出蒸気の中心部に来るようにセットする。 フラスコ内の沸騰温度を測定する温度計の測温部は、必ずしも蒸留母液中に浸っている必要はないが、できるだけ蒸留母液に近い位置にセットする。
tb(x) = tb(1) x + tb(0) (1 - x) - 30.6 x(1 - x)(1 - 0.60x)
で近似できることから逐次近似法等で求めてもよいし、グラフを書いて読み取ってもよい)。\begin{equation} m = \frac{B_0 m_0 - \sum_i {w_i m_i^*}}{B_0 - \sum_i {w_i}} \label{eq:m_cumul} \end{equation}
ここで \(B_0\) と \(m_0\) は最初に仕込んだ溶液の重さとシクロヘキサンの質量分率である。 こうして求めたフラスコ中のシクロヘキサン濃度と(4)で求めた濃度が一致するか検討せよ。シクロヘキサン-トルエン混合液体(シクロヘキサンの質量分率0.50)30.00 gを蒸留した実験例を図6-4に示す (蒸留終了時残液量0.53 g。未回収量1.89 g)。
図6-4. 蒸留にともなう(a)留出液組成yと留出温度tの変化と、 (b)混合液体の留出率(1 - B/B0)と留出液組成 y、沸騰液組成xの変化。 (a) 図中の実線は気液平衡の文献値。(b) 図中の実線は実効的な相対揮発度 \(\alpha_{\rm{eff}} = 5.0\) として理想溶液近似を用いたレイリーの式に基づく計算結果。 破線は単蒸留気液平衡から想定される相対揮発度 \(\alpha = 2.4\)を用いた計算結果。