塩化t-ブチルの加水分解反応は求核置換反応のプロトタイプ(SN1)として古くから知られた反応である:
(B)
加水分解の進行とともに塩化水素濃度が増加し、酸塩基滴定や溶液の電気伝導度測定で反応の進行を追うことができる。 ここではこの反応の反応速度を電気伝導度の変化でモニターして速度定数を決定するとともに、 その温度変化から活性化エネルギーを定める。
図5. 溶液の電気伝導度の測定系の概念図。 交流電源に溶液が固定抵抗と直列に結ばれ、 溶液の抵抗変化は溶液にかかる電圧の変化として検知される。 |
電解質溶液の電気伝導度 \(G\)(S cm-1 単位で表されることが多い)は、概ね、 溶存しているイオン種の濃度と比例関係にあるとみなせる。したがって塩化t-ブチルの加水分解反応
\begin{equation} \mrm{BuCl + H_2 O \rightarrow BuOH + HCl} \label{eq:BuCl_hydrolysis} \end{equation}
において、溶液の電気伝導度 \(G\) は関係する分子種の中で唯一電解質である塩化水素濃度[HCl]に比例すると考えられる:
\begin{equation} G = a \mrm{[HCl]} \label{eq:cond} \end{equation}
時刻 \(t = 0\) での塩化t-ブチル濃度を [BuCl]0、塩化水素濃度を[HCl]0としよう。 加水分解の反応速度が塩化t-ブチル濃度に対し1次の速度則に従うものとすると次の微分方程式が成り立つ:
\begin{equation} -\frac{\rmd \mrm{[BuCl]}}{\rmd t} = \frac{\rmd \mrm{[HCl]}}{\rmd t} = k \mrm{[BuCl]} \label{eq:BuClrate} \end{equation}
この微分方程式から塩化水素濃度について次式が得られる:
\begin{equation} \mrm{[HCl] = [HCl]_0 + [BuCl]_0} (1 - \mrm{e}^{-kt}) \label{eq:HClconc} \end{equation}
溶液の電気伝導度は塩化水素濃度に比例するとみなせる(\eqref{eq:cond} 式)ので、 電気伝導度の時間変化は次式のような指数関数で表されることになる:
\begin{equation} G = (G_0 + C) - C \mrm{e}^{-kt} \label{eq:cond_change} \end{equation}
ここで \(G_0\) は時刻 \(t = 0\) での電気伝導度であり、\(C\) は \(a \mrm{[BuCl]_0}\) である。 こうして課題Aで吸光度変化を取り扱ったのと同様にして、電気伝導度変化から速度定数を得ることができる。
一般に反応速度定数kは熱力学温度 \(T\) を高くすると大きくなり、 その温度依存性は次のアレニウス Arrhenius の式でおおむね表現することができることが知られている:
\begin{equation} k = A \mrm{e}^{-E_\mrm{a}/RT} \label{eq:arrhenius} \end{equation}
ここで \(R\) は気体定数であり、\(E_\mrm{a}\) は活性化エネルギー、 \(A\) は前指数因子と呼ばれる反応のパラメータである。 速度定数 \(k\) の対数を温度の逆数 \(1/T\) に対してプロットすると (このプロットをアレニウスプロットと呼ぶ)直線関係が得られ、 直線の勾配から活性化エネルギーが、切片から前指数因子が得られることになる。