2020.5
吉村洋介
3 . 容量分析の初歩

3-2 温泉水の分析 ―― キレート滴定と沈殿滴定

<概要>

容量分析には種々の手法が知られているが、ここでは別府で採取された温泉水(「ナトリウム-塩化物強塩泉」(旧称:強食塩泉)に分類される塩分濃度の高いもの)を対象に カルシウム・マグネシウムのキレート滴定、塩化物イオンの沈殿滴定を実習する。 キレート滴定はキレート試薬を用いて金属イオンを定量する滴定法であり、錯滴定とも呼ばれる。 これは金属キレート化合物(金属多座配位子錯体)が安定であることを利用した滴定法である。 キレート試薬としてはEDTA(エチレンジアミン四酢酸)が最も広く用いられている。 沈殿滴定は沈殿反応を利用する滴定法で、中でも銀塩を用いる滴定法(argentimetry)がよく知られている。 沈殿滴定における終点の判定には、ここでは吸着指示薬を用いる方法(ファヤンス Fajans法)を用いる。

3-2-1温泉水中のカルシウムとマグネシウムの定量

<概要>

試料の温泉水を精確に5倍に希釈し、まずカルシウムとマグネシウムの合量をpH 10程度でEDTAによるキレート滴定で定量する。 次に、試料に水酸化カリウムを加えpH12-13 として滴定する。 高いpHではマグネシウムは水酸化マグネシウムMg(OH)2として沈澱しEDTAと反応しないので、カルシウムのみが定量される。 マグネシウムの量は、カルシウムとマグネシウムの合量からカルシウムの量を差し引いて求める。 各滴定は滴定溶液が多めにあるので、操作に慣れる意味で複数回行うのが望ましい。 滴定操作を繰り返す時は、5倍希釈した試料溶液をホールピペットで採取するところから始めて、滴定を終了するまでの操作を繰り返す。

<試薬の調製>

  1. 0.01 mol/L EDTA溶液:
    エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム・二水和物(C10H14N2Na2O8·2H2O、式量372.24) 約0.37 gを精密にはかり取り(資料編I-6参照)、イオン交換水に溶解しメスフラスコを用いて精確に100 mLにする。 調製した溶液は試薬瓶に移して保管する。後の実験4-3でも使用するので、残った溶液を廃棄しないこと。
  2. 塩化アンモニウム-アンモニア緩衝溶液(アンモニア緩衝溶液pH 10.7)
    塩化アンモニウム 6.75 gと 57 mL のアンモニア水にイオン交換水を加えて、全量を100 mL としたもの。(実験3で調製したもの)
  3. 8 mol/L水酸化カリウム溶液
    水酸化カリウム(KOH、式量56.11)約22 gを秤量しイオン交換水に溶かして50 mLにする。 後の実験でも使用するので、残った溶液を廃棄しないこと。

3-2-1A カルシウムとマグネシウムの合量の定量

<操作>

  1. 【5倍希釈温泉水の調製】用意してある温泉水を100 mLメスフラスコにホールピペットで精確に20 mL取り、 水を加えて希釈して精確に100 mLにして5倍希釈温泉水を調製する。 温泉水に沈殿や濁りがあるときはろ過してから希釈する。
  2. 5倍希釈温泉水をホールピペットで精確に10 mLコニカルビーカーにはかり取り、 イオン交換水10 mLを加え滴定試料とする。ここに駒込ピペットを用いて塩化アンモニウム-アンモニア緩衝溶液約 1 mL、EBT指示薬を数滴加える(注1)
  3. 0.01 mol/L EDTAで滴定する。完全に赤みが消えた点を終点とする(注2)
(注1)Ca2+、Mg2+イオンが存在するとEBTとの錯形成により溶液は赤紫色を呈する。 EDTAとCa2+、Mg2+イオンとのキレートは無色で、 EBT -Ca2+、EBT -Mg2+ 錯体より安定である。資料編V-20 <金属指示薬>参照。

(注2)赤と青の中間色ではなく、完全に赤みが消えた点が終点であることに注意。

3-2-1B カルシウムの定量

<操作>

  1. 5倍希釈温泉水をホールピペットで精確に10 mLコニカルビーカーに取り、 駒込ピペットを用いて8 mol/L水酸化カリウム溶液1 mLを加える。
  2. 時々攪拌しながら3~5分間放置し、NN試薬粉末を少量添加して溶解させる(注1)
  3. 0.01 mol/L EDTAで滴定する。完全に赤みが消えた点を終点とする(注2)
(注1)この時、水酸化マグネシウムの沈殿ができているかどうか確認せよ。

(注2)水酸化マグネシウムMg(OH)2の沈殿とカルシウムイオンは一部共沈する。 EDTAのおよその消費量が分かっておれば、最初に消費予想量より少なめのEDTAを滴下した後、 8 mol/L水酸化カリウム溶液、NN指示薬を加えて滴定すれば、カルシウムの共沈の影響を防ぐことができる。

<検討>

  1. 元の温泉水中のカルシウムとマグネシウムの各イオン濃度を温泉水1 kg中に含まれる物質量であらわせ。 温泉水の密度は実験室においてある振動型密度計あるいはアルキメデス法で測定すればよい(1.026 g cm-3 程度になる)。 滴定に使用したのが5倍希釈した温泉水であることに注意する。
  2. 試験管に温泉水を5 mL程度取って煮沸してみよ。また8 mol/L水酸化カリウム溶液を1滴加えたらどうなるか?

3-2-2 温泉水中の塩化物イオンの定量

<概要>

塩化物イオンCl- を含む溶液に硝酸銀溶液を滴下すると塩化銀AgClの微細な白色沈殿を生じる。 塩化銀の粒子は溶液中に塩化物イオンが過剰に存在する時は負に、銀イオンAg+が過剰に存在する時は正に帯電することが知られており、 硝酸銀溶液を滴下していくと当量点近傍で塩化銀の電荷が反転する。 ファヤンスFajans法は、フルオレセインなどの色素が塩化銀の沈殿に吸着すると変色し、 その吸着挙動が塩化銀粒子の電荷の反転によって鋭敏に変化することを利用して、当量点を判定する*1 。吸着現象に親しみ操作に慣れる意味で、滴定操作は複数回行うのが望ましい。

*1 終点の判定法として、クロム酸を指示薬として用いる手法(モールMohr法)もよく知られている。 クロム酸銀の溶解度が塩化銀より低いため、溶液中の塩化物濃度が十分低くなる硝酸銀の滴下にともないクロム酸銀の赤褐色の沈殿が生じることを利用する。 指示薬として5 mass%二クロム酸ナトリウム二水塩溶液を0.5 mL程度加えて滴定すればよい。興味のあるものは教員・TAに申し出よ。

<試薬の調製>

  1. 0.1 mol/L硝酸銀溶液:
    硝酸銀(AgNO3式量169.87)約1.7 gを精密にはかり取り、イオン交換水に溶かしてメスフラスコを用いて精確に100 mLにする (手や体に付けないように注意。付いた場合にはすぐに水で洗う。そのままにしておくと黒い痣になってなかなか取れない)。

<操作>

  1. ビーカーに5倍希釈温泉水をホールピペットで精確に10 mL取り、水20 mLを加える。
  2. 用意してある0.2 mass%フルオレセイン溶液を数滴加え、0.1 mol/L硝酸銀溶液で滴定する。 硝酸銀溶液を滴下するにしたがい、生成する塩化銀で溶液は白濁した黄色の液となる。 この懸濁液が、赤みがかった色になったところが終点である。

<検討>

  1. カルシウム・マグネシウムの量と同様に、 元の温泉水中の塩化物イオンの濃度を温泉水1 kg中に含まれる物質量であらわせ (温泉水中で銀と不溶性の沈殿を作るものはすべて塩化物イオンとして考える)。

<研究>

  1. フルオレセインの類縁物質であるエオシンYなどで滴定終点の判定が可能か確かめてみよ。

<廃棄物処理>

  1. 硝酸銀溶液及び塩化銀の沈殿を含む滴定廃液は、用意してある廃液容器に入れる。
  2. 指示薬の入っている溶液は指針Bに従って処理し、その他は指針Aに従って処理する。
  3. 塩化アンモニウム-アンモニア緩衝溶液と8 mol/L水酸化カリウム溶液は後の実験でも使用するので廃棄しない。

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