1次元流体についての低次元な話 1
2006.9.12.

1.はじめに

液体に関するさまざまな分子論的な議論がなされます。 けれどもぼくには、その多くが“直感”に基づく「分子物語」の域を出ていないように思えてなりません。 そしてその直感を形作っているものは、それをあからさまに示されると、 顔を赤らめたくなるほど単純な1次元の流体であるように思えるのです。 たとえば「似たもの同士はよく溶け合う」といった説明で、ぼくたちは何か分かった気になります。 けれどもこれだけの説明なら、1次元でも成り立つはずです。 さまざまなもっともらしい実験結果の解釈の中で、系の次元はいかなる位置を占めているのか? そういう批判的な観点は、真剣に考慮されていいはずでしょう。

液体の物理・化学の歴史の中で、1次元の流体は古くから議論されてきたものの、 必ずしもその重要性に値するだけの注意を払われてこなかったようです。 1次元の剛体棒流体の状態方程式は、 19世紀に Korteweg によってビリアル定理から導出されますが、 それはその後久しく忘れられていたようで、今日では「Tonks の式」としてもっぱら知られています。

Zernike と Prins は、確率過程論的な手法を用いて、剛体棒流体の正確な動径分布関数の導出に成功し、 それを手がかりにX線を用いた流体の構造解析の基礎となる関係式を導出しました (Zernike と Prins の論文は、 "Die Beugung von Röntgenstrahlen in Flüssigkeiten als Effekt der Molekülanordnung" (「分子配置の効果による流体中のレントゲン線の回折」) と題され、流体によるX線の回折に対する問題意識から出発しています)。 このことが、剛体棒流体についてその動径分布関数がまず知られ(1927 年)、 それから10年ぐらいたってから Tonks によって状態方程式が話題になる(1936 年)という、 今日から見ると奇妙な研究の足取りを生むことになります。

このお話は統計力学的な分布関数の理論の整備されていなかった時代、 いかにして Zernike と Prins がどのように1次元剛体棒流体を扱ったかを紹介し、 1次元流体の世界の魅力、 あるいは液体の物理化学の世界の魅力を少しでも皆さんにお届けしようとするものです。


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