3.ベンゼン C6H6 を触媒の存在下、酸素 O2 で酸化すると、 無水マレイン酸 C4H2O3 と二酸化炭素 CO2 と水 H2O になりそれ以外の物の生成は無視できるという。 この反応条件下で、ベンゼン 1 mol に対し酸素 5.5 mol が酸化反応に費やされたとすると、 無水マレイン酸は何 mol 生成することになるか?
この系ではベンゼンの完全燃焼(A)と無水マレイン酸の生成反応(B)が起きていると考えられる:
C6H6 + (15/2)O2 → 6CO2 + 3H2O (A)
C6H6 + (9/2)O2 → C4H2O3 + 2CO2 + 2H2O (B)
(A)の反応進行度を zA、(B)の反応進行度を zBとすると、次の関係が成立している:
zA + zB = 1 (ベンゼン1 molに対し)
(15/2)zA + (9/2)zB = 5.5 (酸素5.5 molが反応した)
この連立方程式を解くと zB = 2/3であり、ベンゼン 1 molに対し無水マレイン酸は 2/3 mol生成していることになる。
無論
C6H6 + 5.5 O2 → a C4H2O3 + b CO2 + c H2O
から、係数 a を求めてもよい。
この式から、C、H、O それぞれの釣り合いを考えて
C: 6 = 4 a + b
H: 6 = 2 a + 2 c
O: 11 = 3 a + 2 b + c
の関係を得て,
11 = 3 a + 2 (6 - 4 a) + (3 - a) = 15 - 6a
より a = 2/3。
ベンゼン 1 molに対し無水マレイン酸は 2/3 mol 生成していることになる。
化学反応方程式の係数の釣り合わせは、 中学校ぐらいで習う話です。 けれども時として、一筋縄でいかないことがあります。 ぼくがよく出す例は、過酸化水素を過マンガン酸カリウムで滴定する際の反応方程式です(高校レベルでも扱われると思います):
2KMnO4 + 5H2O2 + 3H2SO4 → 2MnSO4 + K2SO4 + 8H2O + 5O2 (X)
このように反応方程式が書かれ、実際これに従って、滴定のデータから過酸化水素濃度を求めて、 他の手法で求められた結果と一致します。 けれども、次の反応方程式はどうでしょう?
2KMnO4 + H2O2 + 3H2SO4 → 2MnSO4 + K2SO4 + 4H2O + 3O2 (Y)
両辺でK、Mn、O、H、S の数を計算すると、釣り合っていることが確認できると思います。 実はこの反応の場合、係数の釣り合いだけでは、(定数倍を除いて)一意的に係数を定めることができないのです。 このことは、過酸化水素の分解反応の反応方程式
2H2O2 → 2H2O + O2 (Z)
を先の (Y) 式の両辺に加えても、係数の釣り合いが満たされることから明かでしょう((Y) + 2 × (Z) で (X) になる)。 ではなぜ (Y) が誤りなのか? 化学ではこのあたりを、たとえば KMnO4 の O の酸化数が一部、 (Y) 式では -2 から 0 になることから、「化学的にありえない」と判断して不適切とします。 つまり化学反応方程式を、それを構成する要素となる反応、個々の元素の酸化数変化に分解して、 その中の要素について「ありえない」と判断し、 反応方程式を再構成しているわけです。
これは線形代数で言えば、1次独立なベクトルを構成する操作に対応しています (このあたりの詳細な話は、以前書いた解説 化学反応方程式の自由度/基底の選択を参照ください) この問題で扱ったベンゼンの酸化反応の反応方程式は自由度を含んでいるので、 「解答例」ではそれを構成する1次独立な反応方程式を適当に組み合わせ、問題の解決を図ったわけです。 「解答例」は (A) ベンゼンの完全燃焼と (B) 無水マレイン酸の生成反応という組み合わせでしたが、 他にも例えば (B) の代わりに無水マレイン酸の完全燃焼反応
C4H2O3 + 3 O2 → 4 CO2 + H2O (B')
を用いてもよいわけです。この場合、
zA = 1 (ベンゼン1 molに対し)
(15/2)zA + 3zB' = 5.5 (酸素5.5 molが反応した)
から、zB' = -2/3 となり、同様に無水マレイン酸は 2/3 mol 生成するという結果を得ます (zB' < 0 は反応が逆方向に進行、つまり無水マレイン酸の生成に相当します)。