2005.4.2.
last revised 2005.12.23.
以下に紹介するのは、2004、2005年度の実験法講義で用いた、温度の測定についてのメモを再構成したものです。

温度を測る話

吉村洋介(=物化の吉村)

1.温度目盛の定義と現示

1.1.温度の単位

温度の単位として、国際単位系 SI ではケルビン K を用います。 ケルビンは水の三重点を 273.16 K とする熱力学的な温度のものさしといえます。 水の三重点は、真空に保った容器の中に水と氷と水蒸気を共存させることで、比較的簡単に実現できます。

水の三重点の圧力は 0.61 kPa なので、1気圧(0.101 MPa)での水の融点は 0.01 K 程度下がって 273.15 K になります。

日常的にはセルシウス度(摂氏)も広く用いられ、SI でも使用が認められています。 セルシウス度はケルビンから 273.15 K を引いたものとして定義されています。 (元は水の融点を 0 °C、沸点を 100 °Cとする目盛でした。さらに言うと元来は、融点を 100、沸点を 0 としていました。)

熱力学的な目盛(絶対温度)は、次のカルノーの原理に基づくものです:
◆温度 T1 と T2 (T1 > T2) の間で動作する熱機関の最大効率は(T1 - T2)/T1 に等しい。
ある基準温度 T0 を定めれば、測定しようとする物体の温度 T との間で作動する熱機関を考え、その最大効率 w を求めることで、温度 T は (1 - w) T0 (← T < T0) あるいは T0/(1 - w) (← T > T0) で定義されます。
 この定義は気体の状態方程式が P = ρf(T) で与えられている(P は圧力、ρは密度)とすると、P = kρT (k は定数)であることと等価であることが示せ、 理想気体の状態方程式に現れる絶対温度 T と同じものであると言えます。 あるいはエントロピー S を所与のものとして考えるとこの定義は、温度をエネルギーのエントロピー微分 T = ∂E/∂S として定義したのと同じことです。

ところでケルビンとセルシウス度では、いわば「原点」がちがうだけで、目盛りの間隔は同じです。 山の高さについて「標高」とただの「高さ」を区別するようなものですから、長さの単位がメートルであるように、ケルビンとセルシウス度に共通する、温度の目盛りの間隔に関わる単位を考えることもできるでしょう。 実際かっては(1960年代まで)、「温度」と「温度差」を異なる概念としてとらえ、「温度差」は deg (degree) を用いて表記することになっていました。 今では区別せず、共にケルビン K で表示することになっていますが、古い本を読む時などには注意してください。 (当時ケルビンは °K と表記されていました。これはケルビンが「標高」に相当するものを表現し、「単位」でなかったことによります。)

なお今も一部地域・業界で、次の華氏、烈氏という温度目盛も行われています(した)。 (華氏に出会うことがあるでしょうが、烈氏に皆さんが出会うことはたぶんないでしょう。)

1.2.国際温度目盛 ITS-90

国際単位系の温度目盛の「定義」は前節のものでよいのですが、実際に定義どおりに温度を測定する、あるいは定義に基づいてある温度を実現するというのは、「熱機関の最大効率」を決めるのが難しく困難です。 そこで定義に即した温度が実際に再現できる手法を、国際的に約束した体系が作られ、 今日用いられているのは 1989 年に国際的な協定に基づいて作られた国際温度目盛 ITS-90 です。 国際温度目盛 ITS-90 は、 を与えています。

なお ITS-90 では非常に精度の高い定義定点以外にも、精度の高い標準となるものが規定されていて、日常的な温度の校正などには十分使えます。 以下は室温付近の温度定点の例です(水の沸点が正確には 100.00 °Cではなく、99.974 °C になっていますね)。

物質状態温度 / K不確定度
氷点273.15
ジフェニルエーテル三重点300.0140.001
エチレンカーボネート三重点309.4650.001
コハク酸ニトリル三重点331.2150.002
沸点373.1240.001
安息香酸三重点395.4860.002
安息香酸融点395.5020.007

物理量の定義とそれを実現する方法は一般にちがいます。 たとえば電流の単位アンペアの定義は、真空中におかれた無限に細い導線の間に働く力が 1 m あたり 2 × 10-7 N になるような電流ということになっています。 けれども実際にはジョセフソン効果で電圧標準を、量子ホール効果で抵抗標準を与えることで、電流の標準が与えられています。

2.温度計のいろいろ

温度計にはいろんな種類があります。 ここでは代表的なものを拾っておきます。 ☆印の付いたものについては、後で少し詳しく解説します。

2.1. 物質の膨張・収縮を利用するもの

2.2. 物質の電気的性質を利用するもの

2.3. その他

3.ガラス温度計

3.1. ガラス温度計について

ガラス温度計と言われるものは、ガラスの細管の中に感温液を入れ、液柱の位置から温度を読むようにしたものです。 通常使われるガラス温度計は、感温液により大きく水銀温度計と有機液体温度計(アルコール温度計、赤液温度計とも)に分けられます。

 0 °Cから100 °Cまで温度上げた時の液体の膨張の度合い - (ρ100 - ρ0)/ρ50 を示すと、次のようになっています (ρt は、t °Cでの密度): デカン: 0.109、エタノール: 0.156、トルエン: 0.103、水銀: 0.0181

また通常実験室で使われるガラス温度計は、形状によって次の2種類に分けられます

3.2. ガラス温度計使用上の注意

○液切れ:
測定に当たっては細管中の液柱が途中で切れていないか、気を配っておくことが必要です。 標準温度計で 50 °C~100 °Cの範囲のものなどでは、中間に水銀の溜めが作られていますが、温度を急に上げたりした時、この水銀の溜めのところで液切れ(泡が溜まる)が起きることがあります。 なお、この液切れを積極的に利用する温度計もあります(→ 最高温度計、ベックマン温度計など)。

○時間遅れ:
測定するものの熱容量・熱伝導度にもよりますが、精密な測定には1分ぐらいは必要です。示度が落ち着くまでよく待ちましょう(電子体温計では、最終の平衡温度を温度変化の時間変化から予測して表示しています)。

○浸没:
温度計に何も書いていなければ、目盛りの所までを測定する温度にした状態(全浸没)で、温度計の目盛り付けがなされています。 測定に当たって、温度計の目盛り部分が測定する物体と異なる温度になっていると、液体の膨張・収縮によって温度計の示度は影響等を受けます(特に足長の温度計では注意)。 特に有機液体温度計で影響が大きく、たとえば測定している物体の温度が 100 °Cで、0 °C~ 100 °Cの目盛りの部分が室温 20 °Cになっていたとすると、約 8 % 程度、8 °Cほど低めに温度を読むことになります(実験参照)。 水銀温度計ではこれよりましですが、それでも示度が 1.4 °Cほど低くでることになります。

 今回の学生実験では特に融点測定や蒸留操作の時、浸没の影響が重要になります。 たとえば蒸留に用いる専用の温度計には、温度計を浸ける位置を規定(部分浸没)して目盛り付けしてあり、温度計に「浸」「immersion」などと書いた目盛りが振ってあります。 それを有り合わせの全浸没型の温度計で代用すると、得られる蒸留温度は低めに出ることになります。

なお浸没の問題を特に考慮して細管を2本用いた温度計も作られています。

○その他:
零点降下、零点上昇、圧力の影響を考慮しないといけない場合もあります。 また食品関係では水銀を使わないにこしたことはありません。

零点降下、零点上昇:
ともにガラスの性質に関わって現れる現象と考えられるものです。 一旦高い温度にしたガラスを急冷した時、すぐには元の形に戻りません。 このため仮に 10 °Cから 200 °Cに温度を上げ、すぐに元の 10 °Cに下げた時、水銀は元の体積に戻っても、ガラスの水銀だめの体積が膨張したままになっていて、示度が 10 °Cより低くなります。 これを零点降下といいます。 零点上昇と呼ばれるものは、もっと長期間にわたるもので、ガラスの性質が落ち着いて「枯れて」くることによるものです。 ガラスの水銀だめを作る際に加熱してガラスを膨らますわけですが、その歪がゆっくり解けるにしたがって、ガラスの水銀だめの体積は、数年というオーダーで小さくなっていきます。 このため示度が当初目盛られていたものより高めに出る。 これを零点上昇と呼ぶわけです。
 もっとも最近のガラスは材料の開発が進み、零点降下、零点上昇がほとんど認められないレベルになっているようです。

3.2. 標準となるガラス温度計

・基準温度計
計量法に規定されている基準器検査規定(←経済産業省「基準器検査規則」)に合格した温度計です。 計量研究所の検査成績書が付いてきます。 基準温度計は、5年毎に再検査が必要であることになっています。

・標準温度計
たいていの場合、メーカーの検査成績書が付いてきます。

・薬局方温度計(試薬試験用温度計)
浸線付です。 日本薬局方で規格が定められています。 日本計量振興協会(計量協会、計量管理協会、計量士会が2000年4月に合併して発足)などの検査表が付いてきます。 薬局方でこうした温度計が規格化されているのは、融点が薬品の純度・同定の重要な指標になる(なっていた)からです。

*器差と補正値
校正表・検査表で補正して正しい温度を求める際、「器差」と「補正値」の使い分けに注意しましょう。
器差 = 示度-真の値、補正値=真の値-示度
→ 真の値 = 示度-器差、真の値 = 示度+補正値

3.3. 特殊な用途のガラス温度計

・ベックマン温度計
限られた温度範囲(~6 K)の温度の上昇または下降を精密に測る(1/1000 K)ための温度計。 沸点用(上に行くほど目盛りの値が大きくなる。計量法で定められた基準ベックマン温度計はこのタイプ)と氷点用(下に行くほど小さくなる)があります。 破損しやすいので取扱いに注意!

・乾湿計
湿度を水の蒸発による温度の低下の度合いで測ります。 ガーゼは分厚く巻かずに一重に巻くぐらいでよいのです。 なお水の蒸発にともなう温度低下は風速にあまり依存しませんから、普通に使う分には扇いだりしなくてもよいのですが、精度のよい結果を得るため、強制的に風を送る通風乾湿計もあります。

・最高最低温度計
留点機構を備えた水銀毛管温度計(一昔(二昔?)前の体温計)が、今も最高温度計として用いられていることがあります。 なお最低温度計としては毛管内に指標(インデックス、「虫」と呼ばれる)を封入したアルコール温度計が用いられています(した)。

3.熱電対

2つの導体を組み合わせて両者の熱電能の違いを測定することで温度を測ることができます(→ 熱電対)。 高精度の測定(< 0.1 K)は難しいですが、幅広い温度領域について、簡便・迅速に温度の測定ができます。 種類がさまざまありますが、通常よく使われるのは JIS にも規定された(JIS C1602)、K 熱電対(クロメル-アルメル CA)、J 熱電対(鉄-コンスタンタン)、E 熱電対(クロメル-コンスタンタン)です。 K、J熱電対には冷接点補償機能の付いた専用 IC も市販されていて便利です。

主な熱電対
材質(+/-)使用温度の目安*備考
クロメル/アルメル-200 °C~1000 °C熱起電力の温度変化が直線的で、腐食にも強い。4.10 mV (100 °C)
鉄/コンスタンタン0 °C~ 600 °C熱起電力が大きい。5.27 mV (100 °C)
銅/コンスタンタン-200 °C~ 300 °C電気抵抗が小さく、低温まで使用可。4.28 mV (100 °C)
クロメル/コンスタンタン-200 °C~ 700 °CJISの中では最も熱起電力が大きい。6.32 mV (100 °C)
ナイクロシル/ナイシル-200 °C~1200 °C低温から高温まで広い範囲をカバー。2.77 mV (100 °C)
白金/白金13%ロジウム0 °C~1400 °C熱起電力は小さいが、高温まで耐え、腐食に強い。他にS(白金-10 %ロジウム)B(30 %ロジウム-6 %ロジウム)もある。0.65 mV (100 °C)
クロメル/金(鉄)-269 °C~30 °C極低温測定用の熱電対。
使用温度範囲は、シースの有無、素線の太さなどによっても変わってきます。 ここに示したものは(株)八光によるものです。 なお J (鉄-コンスタンタン) 熱電対の最低使用温度が 0 °Cになっているのは、鉄線が低温脆性のため折れやすくなるためのようです。

それぞれの素線を用いて使う場合もありますが、ステンレスなどの鞘(さや。シース)の中に封入した形で市販されているものもよく使われます。 また離れた地点の温度を測定する場合には、室内などで温度変化の小さいところに、熱電能の特性がよく似た安価な材料でできた「補償導線」を用いることもよく行われます。

・熱電対を用いた温度測定を行う際には、接点部分が温度を測るべき位置にあることを確認し、素線でない部分に温度勾配がないかよくチェックする必要があります。

・素線の材質の不均一性や歪(ひずみ)による影響があるので、熱電対を用いて 1 K 以上の精度の温度測定をする際には、あらかじめ精度の高い温度計を用いるか、適当な温度定点で校正をしておく必要があります。

・熱電対を多数直列につないで、放射熱を調べるサーモパイル(熱電堆)とよばれるものもあります。 同様の手法は、微小な温度差を調べる場合にも有効です。

4.電気抵抗の変化による温度測定

通常電気抵抗の変化は、回路の電圧(電流)の変化として測られます。 この測定回路には大きく3線式と4線式があり、高い精度を求めなければ3線式で十分です。 また出力を稼ぐには電流をたくさん流せばよいようなものですが、電流を流しすぎるとジュール熱が発生して温度が高めに出るので要注意です(自己発熱の効果。カタログの放熱係数のデータを用いて、流す電流の最大値を設計します。 精密な測定の際には、流す電流値を変化させて自己発熱の効果を差し引きます)。

4.1. サーミスター

通常サーミスターとして使用されるものは金属酸化物の焼結体で、温度を上げると抵抗が指数関数的に小さくなり(∝exp(-B/T)、抵抗の温度係数はB/T2で与えられます。 定数 B が 3000 ~ 4000 Kであれば、室温付近で変化率は1 Kあたり 4 % ぐらいになります。

焼結体なので、安定性に難のある場合が多いようです。 そして熱伝導率があまり大きくないので、発熱にも注意が必要です。 また電子回路の温度補償用のディスク型のものが多数出回っていますが、温度の測定にはビーズ型の方が安心です。

4.2. 白金抵抗測温体

化学的に安定で高温にも耐え、高精度の温度測定に賞用されます。 国際温度目盛 ITS-90 でも、-260 °Cぐらいから 700 °Cぐらいまで、ほぼ 1000 K に亘る範囲は、白金抵抗温度計で測定することになっています。 抵抗値としては0 °Cで100 Ωのものがよく用いられていて、通常シース(鞘)に入った形で使用されています。 白金素線を用いたもの以外に、白金薄膜を用い小型チップにしたものの市販され、抵抗値が高いものも利用できるようになってきました。

現在のJIS規格(JIS C1604)では、0 °Cから100 °Cまでの温度変化で抵抗が1.3851倍になるように設定されています。 温度に対する感度があまり高くないので、高精度の測定のための回路の設計には注意が必要です。


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