last revised 2020.12 / 2020.10
吉村洋介
0.物理化学・物性化学実験の準備

IV. 粉末X線回折パターンの測定と解析

<概要>

X線回折は物質の結晶構造とその物性を探る上で、もっとも基本的な手法と言えよう。 ここでは同じ面心立方の結晶構造を持つ、塩化銀と金属銀の粉末X線回折パターンの測定とその解析を通じて、 その一端に触れる。

<試薬>

  1. 塩化銀(A実験の沈殿滴定の廃液から回収されたもの)
  2. アンモニア水(15 mol/L)
  3. 塩酸(6 mol/L)
  4. 5 %グルコース溶液(IIで調製したもの)
  5. 1.0 mol/L水酸化ナトリウム溶液(用意してあるものをそのまま使用)

操作

  1. 原料の粗塩化銀 0.5 g 程度を試験管に取り、水 5 mL とアンモニア水 2 mLを加えて溶解させろ過する。
  2. ろ液に塩酸 2 mLを加え、析出してくる塩化銀を、小型吸引ろ過装置を用いて採取する。
  3. 原料の粗塩化銀 0.2 g 程度を取り、 5 %グルコース溶液 5 mL と 1.0 mol/L 水酸化ナトリウム溶液 2 mL 程度を加えてバーナーで穏やかに加熱する。
  4. アンモニア水を 0.5 mL 加えてしばらく振り混ぜて未反応の塩化銀を溶解させた後、 金属銀(銀泥)を小型吸引ろ過装置を用いて採取する。
  5. 塩化銀、金属銀の粉末X線回折パターンを測定する。

<検討課題>

  1. X線回折に用いた銅のKα 線は、 波長 154.06 pm のKα1 と 154.44 pmの Kα2 に分裂していることが知られている。 塩化銀の高角側(2θ > 50°)の回折線について、このことを確認せよ 。 また金属銀についてはどうか?

X線回折で用いるCuの特性X線の波長として、 結晶学方面では154.06 pm (= 1.5406 Å)を採用して計算するのが普通 (http://it.iucr.org/Cb/ch4o2v0001/)。 通常の測定精度では問題にならないが、Kα1 線と Kα2 線の加重平均154.18 pmを採用する流儀もある。

  1. 塩化銀、金属銀ともに面心立方格子を持ち、格子定数が塩化銀は 555 pm、金属銀は 409 pmであることが知られている。 得られた回折線を指数付けして消滅則を確認せよ。
  2. 一般に結晶の粒径 \(\sigma\) が小さくなると、回折線の線幅\(w\) (ピークの回折角(\(2\theta\))の幅をラジアン単位で与えたもの。 ここではピークの高さの半分の位置におけるピークの幅、半値全幅FWHMを取るものとする。)が広くなり、 次のシェラー Scherrer の式と呼ばれる関係が成り立つ:

    \begin{equation} \sigma = \frac{K \lambda}{w \cos \theta} \label{eq:IV-1} \end{equation}

    ここで \(\lambda\) はX線の波長、 \(\theta\) はブラッグ角(回折角の半分)であり、 \(K\) はシェーラーの定数と呼ばれ、結晶の粒径分布等によって決まる定数である。 \(K\) = 1として、高角側(2θ > 70°)の回折線を用い、 塩化銀、金属銀、それぞれの結晶のサイズを評価せよ (精密に評価するには、まず装置による線幅の広がりの評価が必要だがここでは無視する)。

粉末X線回折の測定と解析のこと


沈殿滴定の回収廃液のバケツ

この実験では、 4月にやった沈殿滴定の廃液から回収した塩化銀を題材に、 粉末X線回折を行ってもらいます。 塩化銀 AgCl とそこから還元して得られる金属銀 Ag の結晶は、 同じ面心立方格子の結晶構造を持ちます。 自分たちの生み出した廃液から、 化学反応を経て調製した見た目まったく異なるものが、 同じ回折パターンを示す(格子定数は違いますが)ことに、 ちょっと”化学”を感じてもらえたらという気分です。

MiniFlex の1次元検出器のおかげで、 学生実験の定性的な回折実験自体は、昔ではとても考えられない速さで行うことができるようになりました (2θ = 5° ~ 100° を最高速 40°/min、2分半ぐらい、 リードタイム含めておよそ5分程度で1試料の測定が終了する設定にしています)。 けれども全部で30程度の測定をこなすには、 いささか待ち時間が長く生じることもあって、 この課題では「演習」の要素を濃くしてあります。 実験課題で扱う 銀、塩化銀とともに、 あらかじめ当方で取った試料の粉末X線パターンの指数付けを行い、 用意してある excel のシートにならってまとめ、 Igor を用いた数値計算も含む レポートシートに取り組んで、 それぞれ提出して課題完了という流れです。

塩化銀の精製、金属銀の調製

この実験で取り組んでもらう、塩化銀の精製、金属銀(銀泥)の調製は、 かつて銀の回収のために、 実験室で実際に行われていたもののミニチュア版と思ってもらえばよいでしょう。 最近の学生さんには信じてもらえないようですが、 昔は実験室で溶媒の精製は無論、 銀やヨウ素の回収なども行ったりしていました。 ぼくはまだそうした空気を少しは嗅いだ世代ということになるでしょうか。 老人としては、 貧乏だったけれど化学と愛し合っていた(?)日々を、ふと懐かしく思うのです。

ここではアンモニアに塩化銀を溶かして、 塩酸で中和、塩化銀の再沈殿という処方を採用しています。 今回の条件ではまずできないはずですが、 こうした銀鏡反応に関連するような操作で、塩基性が強いと雷銀 (fulminating silver。この文脈では雷酸銀 AgCNO ではなく、チッ化銀 Ag3N) ができる危険があることは、承知しておく必要があります。 また還元にはアルカリ性でグルコースを利用していますが、 ホルマリンを使ったり、亜鉛末を使ったり、 いろいろな手法があります。 なおぼくはやったことがありませんが、 銀の回収については、 硫化銀として沈殿・分離してルツボ中で加熱し、 Ag2S + O2 → 2Ag + SO2 で金属銀をえるというのも行われていたようです。

用意してある粉末 X 線回折パターン

指数付けの練習に、今回の実験と同じ条件で取った、 主としてアルカリ塩化物についての、 次の粉末X線パターンを用意しています (いずれも Igor の pxp ファイル):

  1. フッ化ナトリウム NaF
  2. 塩化リチウム LiCl
  3. 塩化ナトリウム NaCl
  4. 塩化カリウム KCl
  5. 塩化ルビジウム RbCl
  6. 塩化セシウム CsCl
  7. 塩化銅(I) CuCl

いずれも立方晶で、 指数付けは容易でしょう。 消滅測なども、まさに教科書どおりに出てくるはずです。 また塩化セシウムでは他のアルカリ塩化物と違ってピークが賑やかに出てきて、 結晶構造が違っていることが一目瞭然。 塩化銅(I) CuCl は閃亜鉛鉱型で結晶構造が塩化ナトリウム NaCl とちがうはずですが、 どこがどう違っているでしょう?

追加した粉末 X 線回折例

新型コロナ COVID-19の問題で引き籠り勝ちになり、 みんな腕を撫しているのではないかと、 指数付けの練習用の粉末X線パターンを追加してみました(条件は今回の実験と同じ):

  1. 銅 Cu
  2. 鉄 Fe
  3. ケイ素(シリコン) Si
  4. フッ化カルシウム CaF2
  5. 酸化セリウム(IV) CeO2
  6. ヨウ化スズ SnI4
  7. ミョウバン KAl(SO4)2·12H2O
  8. 酸化亜鉛 ZnO

この中で (viii) の酸化亜鉛 ZnO だけは、 ウルツ鉱型で六方晶系になります。 指数付けにあたっては、軸比\(c/a = \sqrt{8/3}\) になるものとして、 計算してもらえればよいでしょう (一辺の長さ \(a\) の正四面体の高さが\(\sqrt{2/3} a\) になることに注意)。

なお (iv) のフッ化カルシウム(蛍石)を調べてみた人は、 (v) の酸化セリウム(セリア。研磨剤としてよく用いられる)も調べてみてください。 ともに蛍石構造の結晶ですが、 フッ化カルシウムで見えなかった指数のピークが、 酸化セリウムで見えていることに気づくと思います。


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