2021.9
吉村洋介

3.国際量体系(ISQ)のこと

3-1.国際単位系 SI の背景にある物理的世界観

種々の物理量は、いくつかの基本量で記述され、 そうした物理量相互の関係からなる総体を量体系(system of quantities)と呼びます。 物理的世界の成り立ちを統一的に捉える、 一種の”世界観”と言ってもいいでしょう。 そのコアとなる部分は「ニュートンの運動の法則」などに代表される力学的な量・関係といっていいでしょうが、 光度や騒音暴露量のように人間の感覚と強く結びついたものも含まれます。

量体系にはさまざまなものが考えられますが、 国際単位系 SI で採用されている7つの基本量(長さ m、質量 kg・時間 s、電流 A、熱力学温度 K、物質量 mol、光度 cad)で構成された量体系を、 国際量体系 ISQ(International System of Quantities)と呼びます。 そしてさまざまな物理量は、この基本量から構成されることになります (次元に注目すると、長さ L、質量 M、時間 T、熱力学温度 Θ として、面積は L2、力は M L T-2、 熱伝導度は M L T-3 Θ-1 といった形)。

国際量体系 ISQ の整備にあたっては、さまざまな分野間の”文化”、”世界観” の調整が必要で、 SI よりはるかに遅れ、21 世紀に入って本格化しました。 その全体像がはっきりした形で提示されるようになったのは、ここ10年ばかりのことになります。 国際的には国際標準化機構 (ISO) と国際電気標準会議 (IEC) の規格(ISO/IEC 80000)として公開されており、 日本では日本産業規格 JIS Z 8000 のシリーズとして、「時間・空間」「力学」「熱力学」「電磁気」「光」「音」などに関わって種々の規格が出されています。

ISQ の整備は種々の概念の整理であり、 用語や表現方法についても整理が行われています。 たとえば以前から問題になっていた電磁気の分野では、 「電場」「磁場」ではなく「電界強度」「磁界強度」という名称が採用されるなど、 今後の物理量の用語に関わって、大きな変更が動き始めています。 ここでは ISQ について、物理量の表現方法に注目する形で紹介しようと思います。

3-2.物理量の表現と国際量体系 ISQ

国際単位系 SI(Système international d‘unités)は、 国際量体系 ISQ に基づく単位系ともいえます。 そして SI の書式上のルールなどは ISQ にも反映されており、 先に物理量と数値を峻別する必要について述べましたが、 ISQ には物理量と単位の名称を峻別する原則が立てられています。

量自体は、常にそれを表現している単位から独立しているので、 量の名称には対応する単位の名称を反映してはならない
(JIS Z8000-1 付属書A「物理量の名称に用いる用語」A.1)

ですから後でも触れますが、「モル」ということばを、 「モル体積」などと気やすく使うのははばかられるわけです。 けれども ISQ でもお目こぼし(?)があって、次の規定が入っています。

モル(molar)という形容詞は,ある量を物質量で除したものを表すために,その量の名称に付けられる
(JIS Z8000-1 付属書A「物理量の名称に用いる用語」A.6.5)

なお ISQ の化学に関する規定は、 IUPAC の出している「物理化学で用いられる量・単位・記号」 ( "green book") とだいたい整合しています。

3-2.国際量体系 ISQ の内実 ~~ 濃度に関わって

「所詮、用語・形式の話じゃないか」と思われるかもしれませんが、 実際にはなかなかに問題は複雑です。 ここでは国際量体系 ISQ を整備するとはどういうことなのか、 化学に縁の深い濃度に関わって、 具体的に少し覗いてみることにします。

化学ではさまざまな種類の濃度が使用されていて、 たとえば小学校では質量百分率、あるいは溶媒 100 g あたりの溶質質量などが、 濃度として登場します。 まず最初にはっきりさせておくと、 ISQ で「濃度」というのは、 単位体積中の量を示すものとして定義されていて(JIS Z8000-1 A.6.6)、 質量百分率は「濃度」ではありません。 小学校で習う濃度が「濃度」でないというのはちょっと穏やかでない話で、 このあたりはもっと柔軟に対応してもらいたいところですが、 物理量としての次元が異なるものを、 同じ「濃度」でくくるのは無理があると判断されたもののようです。 実際、組成比なども含めた、 物理量としての濃度の何かうまい定義があるかと言われると、 ちょっとぼくには思いつきません。

表 3-1. 国際量体系で定められた濃度に関する物理量と記号、単位(JIS Z8000-9)。 A, B 二成分系における成分 B の濃度を想定。
物理量記号定義単位
分子数濃度CBNB/Vm-3
質量濃度ρB (γB)mB/Vkg/m3, g/L
質量分率wBmB/(mA + mB)1
モル濃度・物質量濃度cBnB/Vmol/m3, mol/L
物質量分率xB yBnB/(nA + nB)1
体積分率φBVB/(VA + VB)1
質量モル濃度bB, mBnB/mAmol/kg
VQ は純粋な成分 Q の体積を表す。

表 3-1 に ISQ で採用された濃度に関わる物理量を示します。 これまで広く使用されてきた(SI と親和性の高い)濃度で除かれたのは、 質量比ということになるでしょうか(小学校で溶解度の単位に使う「水 100 g に溶ける重さ」)。 この数十年の間に、 専門的なデータブック類の溶解度の記述の単位は、 ほとんど質量分率に移行していて、複数の同類の物理量を維持する必要はないと判断されたのでしょう。 また体積分率については、 「溶液の体積と純物質の体積の比 VB/V)」とする定義も行われていますが (酒類のアルコール度など)、 採用されていません。 これは体積分率が混合溶媒の調製でもっぱら使われていることを踏まえ、 定義をすっきりさせたものでしょう。 おおむね、実際的な観点から見ても妥当な選択であると思います。

ただし注意しておきたいのは物理量の名称に用いられる「モル」の扱いです。 ISQ では「モル分率」は「物質量分率」とされ、 「モル分率」という名称は使用しない方向です。 これは ISQ の体系の中の、名称に関するいくつかの原則に反するからです。 先に ISQ には物理量と単位の名称を峻別するという原則が立てられており、 その例外として、モル(molar)という形容詞を、「1 mol あたりの」という意味で使うことが許容されていることに触れました。 「モル分率」は、そもそもの大原則に反し(英語では mole fraction で単位名が露わに出る)、 1 mol 当たりの量ではないので、 「物質量分率(amount-of-substance fraction あるいは amount fraction)」にすべきであるとして排除された格好です。

この一方、「モル濃度 mol/L」「質量モル濃度 mol/kg」には (こういう時、単位記号を付けた方が直截的で分かりやすい)、「モル」が生き残っています。 一番の理由は、広くこの名称が普及しているからでしょうが、 それでも原則を貫こうとする意志は感じられ、 「モル濃度」に対して、よく用いられている「容量モル濃度」という名称は許容されていません。 ISQ の立場では、 最初にも触れたように「濃度」は単位体積中の量を示すものであって、 敢えて「容量」などという形容詞を付けるのは、 無意味で誤解を生みかねないと見なされるからです。 ただしこの原則をつらぬくなら、「質量モル濃度 mol/kg」(さらに古くは「重量モル濃度」)は、 「濃度」ではないので不適切な名称になります。

おそらくこの「質量モル濃度 mol/kg」に関わっては、 そもそも訳語の設定の段階で問題があったのでしょう。 英語では「質量モル濃度 mol/kg」は「molality」と呼ばれていて(ドイツ語は Molalität)。 あからさまに「濃度」という言葉は入っていません(「モル濃度 mol/L」は molarity)。 それを和訳した時に、モル濃度(物質量濃度)と対応させる形で、 「質量モル濃度」とされたのではないかと思います。 でもこれを「系統的な名称」にしようとすると、 「物質量質量比」といった、いささか気の利かない用語にならざるを得ません。 そこでやむなく従来通りの「質量モル濃度」を活かす方向になったと思われます。

ちなみに英語では以前の「molarity」は廃止され 「物質量濃度 amount-of-substance concentration (あるいは amount concentration)」のみになっており、 「質量モル濃度」は従来通りの「molality」となっているようです。 (IUPAC の出している「物理化学で用いられる量・単位・記号」 ( "green book")参照)。

濃度についての ISQ を見てみたのですが、 どんなことが問われているのか、 その内実がお分かりいただけたでしょうか? われわれが何気に便利に使ってきたことばでも、 それを批判的に眺めてみると、 とんでもない思い込みやあいまいさが潜んでいるもののようです。

3-3.SI を取らない選択

3-3-1.国際量体系の理解の困難

国際単位系 SI を使うには、 まず国際量体系 ISQ(あるいはそれに準じたもの)を理解している必要がありますが、 肝心の ISQ に不案内な人に対して、SI の原則をすべて遵守することを求めるのは無理があります。 実際、そもそもの基本単位である kg の説明に、今日的な定義 1 kg = (h/(6.62607015 × 10-34)) m-2 s を持ち出しても、プランク定数 h の何たるかが分かっていなければ話が通じません。

こうしたちょっと ”高級” な話に限らず、 中学高校段階などでは、「物質量」の理解が十分ではありません。 そうした時、モル濃度について、 物理量と数値の取り違えを生むリスクはあるにせよ、 量記号と単位をセットにして提示する「モル濃度 c (mol/L)」といった単位の「注釈的用法」が、 有効になりえるでしょう。

あるいはある程度 ISQ を理解してはいても、少し専門外の物理量になると、 対象とする物理量のイメージをつかむのに、単位の「注釈的用法」が有効になる場合が間々あります。 たとえば電界強度(電場)E と電束密度 D の積について ED ⇔ [V/m][C/m2] = [J/m3] = [Pa] といった SI の単位を用いた次元解析的な関係式は、 ED が電場のエネルギー密度あるいはマックスウェル応力と対応付けられることを想起させるものになります。

このようなそもそもの ISQ の理解に関わるような場面では、 できるだけ SI の原則をゆがめない形で、 相手に正しく伝わるように、 うまく物理量の表現の仕方を考えていく必要があるでしょう。 このあたりは最近はやりの ”コミュ力” ということにでもなるのでしょうか・・・。

3-3-2.閉じた分野・大きなリスクを背負う分野

閉じた分野で仕事をしているうちは、 国際単位系 SI を選択するメリットはあまりないでしょう。 けれども他の分野・文化と出会う時、 単位系のちがいに悩まされることになり、 SI を採用するメリットを実感することになります。

たとえば高校の理科の教科書を覗いてみると、 気体の状態方程式について、現在、 化学では体積の単位に L を採用し、 物理では m3 を採用しています。 このため化学では気体定数の単位が Pa L mol-1 K-1 で、数値が 8.3 × 103、 物理では J mol-1 K-1 で、数値が 8.3 ということになり、 往々にして生徒が混乱する原因になっているようです。

高校の化学と物理での気体定数

 高校化学: R = 8.3 × 103 Pa L mol-1 K-1

 高校物理: R = 8.3 J mol-1 K-1

物理では熱力学を取り扱うので、 エネルギーとの関係を明確にする関係から m3 を単位に取った方がスムーズなのですが、 化学では物質量との関りが中心なので、手になじんだ単位 L で済ましている形です。 でも大学に入ると化学でもエネルギーとの関係を避けることはできず(「反応熱」が「反応エンタルピー」になったりする)、 エネルギーの単位を Pa L から J に切り替えることになります。

こうした数値の換算の話だけならまだしも、 機械工作などされない方でも、 デスクトップ型のパソコンのネジが、場所によってインチとミリが同居していて、 困惑されたことがあるのではないでしょうか。 これはパソコンの本体が米国規格でできていて、 付属のドライブ類が ISO に準じている結果です。

さまざまな分野、人との交流が増えていくことを考えた時、 将来的なメリットを考えると SI を採用するのが望ましいことは明らかでしょう。 けれどもそうした切り替えには、 先に触れた物理量と数値の取り違えなど、 大きなリスク・コストをともなうことは覚悟しないといけません。 たとえば高校の化学の授業で気体定数を 8.3 J mol-1 K-1 と表記した時、 当面の関心事でない PV が仕事・エネルギーであることの説明をするのに多くの時間を割かなければならず、 落ちこぼれの生徒が出てきてしまうでしょう。

情報系の方に話を聞くと、 たいてい OS や言語仕様の変更に慎重です。 同じ処理がより効率的にできるはずだからと言って、 十分なテスト、トレーニングをしなければ、 膨大な過去の蓄積を利用する上でとんでもない不具合を引き起こすことがあり、 また実際、そうした経験を積んでこられたのでしょう

なお今回、いくつかの学会の学術誌を覗いてみたのですが、 SI に関して米国の Journal がアバウトなのは昔からですが、 医学系の Journal では、特段 SI の使用を謳っていないようです (中には CGS 系を採用するとしているものもありました)。 生命を守る現場では、従来の数値の変更がそのまま人の生死につながる以上、 こうした慎重さは必要なのかもしれません。

3-4.せめて「形」だけでも SI に

先にかなり事細かく、 濃度に関する ISQ について紹介しましたが、 他にもエネルギーやエントロピー、活量(「活動度」は採用されなかった)などの熱力学量、 双極子モーメントや旋光度など種々の物理量について、 こうした検討が積み上げられています。 何でもないことば、概念にも、 それぞれ歴史や思いが込められていることを痛感させられます。

得てしてぼくのような理学部の人間は、 合理的だからと、単位や用語の切り替えを能天気に進めがちです。 けれども前章でも触れたように、 各分野、人、それぞれの事情をよく考え、変更するにしても、 慎重に進めなければ大きな混乱、問題につながることは心しないといけません。 その意味では、まずはせめてこの話で取り上げる、物理量の表現の形式だけでも、 共有していけるようにするのが現実的かもしれません。

なお SI の文書には、非 SI 単位系について次のように書かれています。 単位の換算のルールをきちんと整備しておけば、 SI を使うようになるだろうという作戦のようです。

The CIPM can see no case for continuing to use these (non-SI) units in modern scientific and technical work. However, it is clearly a matter of importance to be able to recall the relation of these units to the corresponding SI units and this will continue to be true for many years.
(SI Brochure, 9th eng ed. 2019)

【拙訳】国際度量衡委員会(CIPM)には、これらの(非SI)単位を今日の科学的および技術的な作業で使用し続ける理由は見当たらない。 ただし、これらの単位とそれに対応する SI 単位への関係を思い起こすことができるようにしておくことは、 明らかに重要な問題であり、 これはたぶん引き続き多年にわたってそうあり続けるだろう。


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