2013.9.17.  last revised 2020.9.21.
吉村洋介

4.蛍光スペクトルの観察

CHEMUSB4は、定性的なレベルではありますが、蛍光の実験にも利用することができます。 方法は簡単。 光源を切って、写真4-1 のように吸光セルの上方から光を照射して、出てくる光を測ればよいのです。 励起光としてはお手軽には100円ショップで売っているキーライトが使えます。 キーライト以外でも、パーツ屋さんでLED素子は安価に入手でき、 最近では370 nmに発光ピークを持つ高輝度の紫外LEDも500円程度で入手できるようになりました。

写真4-1. 青色LEDを励起光とする蛍光測定。 光源の光を閉じた状態で、光学セルに入れた溶液の上方から光を照射する。 図4-1. LED キーライトのスペクトル。 光学セルにシリカゲルの薄い懸濁液を入れて散乱光を測定。

赤青白、三種類のキーライトの光を薄いシリカゲルの懸濁液で散乱させ、 スペクトルを取った結果を図4-1に示します。 青は440 nm付近に、赤は630 nm付近に発光のピークがあり、 白色LEDは独特の二こぶラクダのスペクトルを示します。

LEDを光源にして測ったフルオレセインの吸収・蛍光スペクトルを図4-2に示します。 当たり前ですが励起光が吸収されないと発光は起きません。 また励起光の波長を変えても、蛍光スペクトルの形状には変化が見られません。 受け取ったエネルギーの何割かを蛍光として放出するなら、 励起光の波長に応じて、蛍光スペクトルは変化するはずです。 励起光の波長によらず、同じ蛍光スペクトルを示すのは、 一旦光を吸収して励起された分子が、 急速にエネルギーを失ってある準安定な状態になった後に、 蛍光を発しているとして理解されます(Kashaの規則)。

図 4-2. 種々の励起光によるフルオレセインの吸収スペクトルと蛍光スペクトル (490 nm付近にピークを持つ黒い線が吸収スペクトル)。 それぞれピーク波長395 nm、440 nm、520 nm、590 nm付近のLEDからの光で励起。 590 nmの場合には散乱光が見えるだけで蛍光は見えない。 図 4-3. 青色キーライト(440 nm)で励起したクロロフィルの蛍光スペクトル。

またフルオレセインの吸収スペクトルと蛍光スペクトルの形に注目すると、 500 nm付近を挟んで左右対称になっています。 これを鏡像関係といい、吸収スペクトルと蛍光スペクトルのピークの位置の差をストークスシフトと呼びます。 同様にして測った、クロロフィルの吸収・蛍光スペクトルを図4-3に示します。 クロロフィルでは元の吸収スペクトルの670 nm付近の吸収と鏡像関係にある蛍光スペクトルが得られています。

発光スペクトルの測定で注意しておかないといけないのが縦軸(と横軸)の問題です。 装置の感度の話の前に、まず基本を押さえておきましょう。 発光スペクトルF(λ)では、光量の比を取る吸収スペクトルと違って、縦軸に単位があるのが一般です。 ですからエネルギー強度(以下で添え字e)を用いるか、光量子数を用いるか(以下で添え字q)、横軸に波長λを用いるか、波数 ω (= 1/λ)を用いるかによっても違ってきます。 このあたりの関係式は次のように整理できます*1

λ3Fe(λ) = λ2Fq(λ) = λFe(ω) = Fq(ω)

ここで例えばFe(ω)は波数に対するエネルギー強度分布を意味し、 hc = 1(hはプランク定数、cは真空中の光速。つまり波数をエネルギーの単位にする)としています。 CHEMUSB 4の光検出器のCCDの各素子は、フォトダイオードからなり光量子数に比例した出力を与えると考えられますから、 以下ではFq(λ)をベースに考えます。

図 4-4. CHEMUSB 4で観測されたフルオレセインの蛍光スペクトル(緑)と、 標準の蛍光スペクトル(○)。 黒い実践は吸収スペクトル。

CHEMUSB 4の各波長での検出感度を考える際には大きく、 そもそもの入射光をグレーティング(回折格子)で各波長に分光する際の効率と、 分光され単色化された光に対するCCDの各素子(フォトダイオード)の感度の問題があります。 CHEMUSB 4では、グレーティングが300 nm付近で効率が最大になるように設定されており(ブレーズ blaze 波長)*2、 一方長波長ほどCCD素子の感度は高くなります。 CHEMUSB 4ではこうした要因を考慮の上、最終的に各波長での検出感度が同等になるように調整されているようです(図1-3 参照)。

図4-4はこのことを確認するために、CHEMUSB 4で観測されたフルオレセインの発光スペクトルを、 縦軸光量子数で表された標準スペクトル(C. A. Heller, et al, J. Chem. Eng. Data 19, 214 (1974))と比較した結果です。 再吸収の効果など考慮していませんが、 CHEMUSB 4の与える光強度のスペクトルの縦軸が、 およそ波長当たりの光量子数 Fq(λ) に対応していることがわかります。



注 1
黒体放射や太陽光強度などの表現では縦軸にエネルギー密度を取ることが多いので注意が必要です。 この表示の変換には、

Fe(λ) = (hc/λ) Fq(λ) = (1/λ) Fq(λ)
Fq(λ) = Fq(ω) |dω/dλ| = (1/λ2) Fq(ω)

などに注目下さい(ω = 1/λ、hc = 1 としていることに注意)。

注 2
回折格子を用いる場合には、600 nm の成分に300 nmの成分が混じるなど、高調波の影響を考える必要があります。 CHEMUSB 4には高調波を除くフィルターがあらかじめ組み込まれています。


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