2001.5.30.

01年度「モール塩の合成と分析」のレポート評

吉村洋介(=物化の吉村)

一昨年もこの課題を担当して、レポートの書き方などについてコメントしたことがあります(レポートの書き方レポート総評 )。 以前のコメントの繰り返しも多くなりますが、今回のレポートを読んでのコメントを記しておきます。

1.もっと読み手の立場に立って

1-1.結果を再構成すること

レポートというのは、やった中味、考えた中味が、相手(今回の場合、直接的には教員ですが、 もう少し大きく、たとえば 10 年後の自分を考えてもらってもいいです)によく伝わるように書けばよいのです。 この「相手」「読み手」をどう設定するかですが、まず自分とは関係ない第3者と考えましょう。ぼくがよく言うことですが、要は、レポートを書くに当たって、推理小説の最後の一章、関係者一同集まっての大団円を書くつもりになって欲しいです。つまり第3者というのを、「犯人はだれか」にもっぱら興味のある、“立ち読み”の客ぐらいに想定するわけです。実験ノートに書いてある事を、順に清書したようなレポートを読むと、読み手は曲がりくねった迷路を歩かされる思いがします。推理小説で、探偵が犯人をいきつもどりつしながら追い詰めていくのを読むのと同じ事で、書き手(探偵、犯人)に読み手が十分感情移入できるならば、これはハラハラドキドキでおもしろいですが、みなさんのレポートでは、それは期待薄です。とにかく、結果をよく眺めて、コンパクトに最終結果をまとめるよう努力してください。そうした作業は、自分の実験結果の新しい側面を見いだす上でも、大事なことです。

1-2. 書式を整えよう

「結果の再構成」をする上で、「書式」というのは重要です。「器」が決まっておれば、 料理の方も自ずと決まってくる所があるからです。近代文学の歴史で、「文体」の 確立にいかに多くの先人が努力したかは、皆さんも学んだことがあるでしょう。 現在、みなさんに推奨しているレポートの形式(大まかに言って、「目的」「方法」 「結果」「考察」の4部構成)は、世界的にも広く用いられ、いろんなタイプの研究報告に 適用可能な柔軟さを持っています。違う形式を追求してもらっても結構ですが、 一応は、世間で通用しているスタイルで書く練習を、この際やってくれることを期待します。

1-2-1.「方法」と「結果」

みなさんのレポートで、よく混乱が見られるのは、「方法」と「結果」の記述です。実験の方法(あるいは手順)について、テキストの丸写しに近いような記述をするのは冗長です。学生実験のレポートでは、「方法」はできるだけ、そのエッセンスを書き出して、その詳細は「結果」の中で浮かび上がってくるという書き方がよいと思います。といっても実際に書いていると、使うビーカーの容量まで、すべて落としてはならない論点のように思えてくるものです。こうした時、ぼくがお勧めしたいのは、「いろいろある内のどの方法を使ったか」「不可能のように見えることを、どうやって可能にしたか」を、思い浮かべることです。

たとえば、今回の容量分析を取り上げてみましょうか。鉄の容量分析には、今回の酸化還元滴定の他に、キレート滴定を用いる方法もあります。だから「酸化還元滴定」であることは、落とせません。また「酸化還元滴定」でも、ヨウ素滴定を用いる方法があります。ですから過マンガン酸カリウムを使ったことは落とせません。ここらへんで打ち切るなら「方法」としては

モール塩の容量分析は、過マンガン酸カリウムを用いた酸化還元滴定によった。

という記述になります。これにさらに、標定に用いる標準物質にシュウ酸ナトリウムを用いるような方法もありますから、ここで手を打てば

モール塩の容量分析は、シュウ酸を標準物質とした、過マンガン酸カリウムを用いた酸化還元滴定によった。

といった具合になります(今回の場合はこのあたりで十分)。こんな風に叙述をふくらまし、自分が適当と思うところ(ここは諸君の“良識”に期待)まで書けばいいのです。

1-2-2. 余白をとろう

みなさんのレポートで、左右の余白が極めて狭いもの、行間を空けずにびっしり文字が詰まっているものが散見されました。びっしり詰まった文字列と向き合うのには、誰しもたじろぐでしょう。余白は、コメントを書き込んだり、綴じる時の綴じ代になったり、といった実際的な用途のためにも重要ですが、余白がいわばその文書を読む人の思考のために開かれている空間(オアシス?)としても機能することは、注意されてよいと思います。

今回のレポートの場合、左右に 2 cm ぐらいの余白はとり、行間はできれば1行,少なくとも段落の間には1行取るようにしましょう。また同様に、グラフ用紙に図やグラフを書く時も、上下左右に余白(グラフの軸から測るのではなく、グラフのキャプションから測って)を 2.5 cm ぐらいはとるようにしましょう。

1-2-3. ワープロで書くべきか?

ワープロ(PC上のMS WORDなどのソフト、専用機も含め)で化学のレポートを書くと、概念図や数式、化学式の作成の負担が重いため、記述が散漫になったり、萎縮したりする惧れがあり、また今回のレポートで作った文章が今後役立つとも思われません。ですからぼくはワープロの使用を特には推奨しません。

けれどもワープロのお奨めの書式に従っておれば、まずは無難な体裁をとることができますから、どういった書式が望ましいかを知る上では大いに参考になります。また手書きでは本人以外には読めない場合や、レポートを推敲してより完全なものにしたいと考える場合には有効ですし、将来、多くの人に読んでもらう文書を作成する練習という意味でも有意義でしょう。そうした意味で、ワープロに触ってみることは大いに勧めます。

なお、ワープロを使って書くとき、いくつかの科学的な書き物の約束は守ってください。その一つに「数字と単位の間にはスペースを」というのがあります。10mL ではなく 10_mL ( _ はスペース)とするわけです。今回は特には注記しませんでしたが、ご留意ください。

1-3.個々の操作・計算より、その“こころ”を

個々の操作より、結果を与えるに至る筋道、あるいは今書いていることが実験の道程でどういう位置にあるのかを、読み手にうまく伝えるように努めましょう。たとえば、容量分析の結果からモール塩の純度を決定する際に、シュウ酸の濃度、過マンガン酸カリウム溶液の濃度、そしてモール塩の濃度と順に逐一計算を積み重ねるのは、実験ノートにはよくても、レポートに書くのはあまり感心しません。

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という形に整理してから議論した方が、純度にどの要素がどう関連するかを見通しよく提示できるし、計算も確実です(たぶん高校時代「化学計算問題」で、同じようなことを教わったのではないですか?)。

1-4.「御家の事情」は控えめに

読み手には、書く側の「御家の事情」にあまり関心が無いことを前提にするべきです。当人にとっては、自分のやった試行錯誤がきわめて重要なものに思えても、そのことを長々と書き列ねるのは、友人・恋人相手にはよいかもしれませんが、一の他人には、しばしば冗長な印象を与え、ユニークな実験事実、書き手の新しいアイデアなどを読み取るのを難しくします。言い訳がましいことなどを、実験結果や考察などといっしょに書かないようにしましょう。

とはいうものの、実際に書いていると、「これがうまく行かなかったのは、寝不足だったからだ」「ぼくはこんなことも知っている」「この操作には苦労した」「教師がアホやから実験ができん!」といったことを、大いに書きたくなるものです。そういった内輪の話は、できるだけ本文から外しましょう.今回の実験レポートの場合は、最後に「感想」とでもいう項目を設けて、「もっとましな教師をよこせ」などなど、思う存分書いていただければ結構です。

2.具体的に書こう

「少し」「たくさん」「ある程度」。こういった言葉には、注意しましょう。どれくらい「少し」あるいは「たくさん」なのか。どの「程度」なのか。そういった問いかけぬきに、安易にことばを連ねる傾向が、例年目につきます。こうしたことばは、当たり障りのない官庁向けの作文には便利ですが、化学のレポートにはお勧めできません。

モール塩が少ししか取れなかった、理論値からはずれてしまった、と嘆くのはかまいません。けれどもそうした時に「どれぐらい」しか取れなかったのか、「どちらの方向に、どれだけ」はずれたのかを、もっとリアルに見つめるまなざしを持っていてくれることを期待します。同じように、人生を問い詰めていった時、どうしても「ある程度」といった言葉でしか語れないことに出会うもののように思います。しかしそうした時でも、やはりそれが「どの程度」なのかを問う姿勢だけは、持ちつづけていて欲しいと願っています。

3.数字にならないことにも、まなざしを

現象の定性的な側面に注意を怠らないようにしましょう。モール塩の合成の際、鉄を溶解させた時に発生した気体は、どんな臭いがしたでしょうか?白い沈殿ができて困ったりはしなかったですか?シュウ酸の滴定で、滴定が進むほど反応が速くなりませんでしたか?

そうした、現象や“もの”にもっと目を向けてください。実験ノートに数字ばかり並んでいるのは感心しません。そうした観察を抜きにして、出てきた数字がおかしいといって、ああでもないこうでもないと、いろんな議論を捏ね上げるのは控えましょう。この実験の目的には、「物質の変化のありさまに親し」むことがあるはずです。出てくる数字も大事ですが、扱ったものの個性、現象に、もっと暖かいまなざしを期待したいのです。

4.言葉づかいを少し

皆さんのレポートで気になった表現に「H2O を 20 mL 加える」といった表現があります。注意してください。「H2O」と「水」という表記の意味するところはちがいます。「H2O」というのは、水素原子2個と酸素原子1個でできた分子、あるいは水素と酸素が2:1の量論比で化合した物質を表現しています。これとぼくたちが現実に取り扱う「水」の間には距離があります。0℃になれば凍るものとしての水。命を支えるものとしての水。そうした働きから眺めた「水」を、成分の観点から表記するのが「H2O」ということになるでしょう。ところで、ぼくたちが実験をするときに向き合っているのは、「働きから眺めた水」です。ですからそれを「H2O」と表記することには抵抗があるわけです。

なお「HCl を 3 mL 加えた」という表現には、これに輪をかけた問題があります。「塩酸」と呼んでいるのは「塩化水素の水溶液」です。ですから「HCl」で「塩化水素」を飛び越え、「塩酸」を指し示すのはかなり無理があります。フローチャートなどで模式化で使うのならともかく、レポートの本文中の記述としては拙いでしょう。

もう一点、表現について付け加えておくと「メスフラスコを用いて 100 mL にした」といった記述よりは、「精確に 100 mLにした」という記述の方が望ましいと思います。結果として重要なのは「精確に 100 mL」であったことでしょう(「精確」がどれぐらいの精確さを意味するかは、実験内容から自ずと暗黙の合意があるものと考えてよいのです)。使った器具の表記だけでは、「メスフラスコを用いて不正確に 100 mLにした」ことだってあり得るのですから・・・。


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