2024.4
吉村洋介
分子に働く浮力のはなし

4.おしまいに

流体中の分子についてもアルキメデスの原理が成立し、 分子に働く浮力は「分子が押しのける流体の重さに等しい」のですが、 分子が押しのける流体の体積は、部分モル体積から「並進の寄与」\(\kappa_T T\) を除いた、 「配置の寄与」に相当します。 部分モル体積の「配置の寄与」は、 理想気体中では 0 で分子に浮力は働きません。 そして常温常圧の液体のように高密度の流体では「並進の寄与」が小さく、 分子にはほぼ部分モル体積に相当する重さの浮力が働き、分子はほとんど ”浮いた” 状態になります。 一方、低中密度流体中では、ボイル温度以下で「配置の寄与」は負の値を取り、 浮力は「沈力」として働くようになります。

分子に働く浮力は、 高分子の分子量測定に関わって、超遠心分離法では大きな問題ですが、 ぼくの目に触れた超遠心がらみの書物等では、 部分モル体積を用いたアルキメデスの原理で済まして、 低分子には触れないことにしているようでした。 また超遠心分離法は同位体分離にも使用されますが、 今度は気体を扱うので、浮力など眼中にないようです。 けれども最初に触れた測高公式とペランの実験同様、 アルキメデスの原理にいう「分子が押しのける流体」の体積が、 部分モル体積の「配置の寄与」であることを認識しておくことは、 両者を統一的に理解する上で重要であると思います。

ここではかつて 40 年近く前、助手になったころだったか、圧力や分子に働く力について、 あれこれ考えていたことを中心に紹介してみました。 お話の中でも触れましたが、 そもそも「流体に働く力」と「分子に働く力」を、 こと分け立てて扱うこと自体に悩みました。 おそらく流体力学を系統立てて学んだ物理の人たちなら、 そんなに悩まずに済んだでしょう。 その時にヒントになったのが、 3章で紹介した気体分子運動論と液体論の関りでした。 両者は統一的に扱われることが余りありませんが、 気体分子運動論の運動量の輸送というアイデアは、 液体論でも粘度などの輸送物性で登場しますが、 圧力や分子に働く力を考える上で大いに考えさせられるものがありました。 そうした見通しが立てば、2章で話題にした熱力学的なストーリーも、 学位論文でこうした問題と取り組んでいたこともあって、 結構スムーズに組み立てることができました。

分子に働く浮力については、ふと思い立って 10 年ほど前に簡単な計算機シミュレーションの結果とともに物理学会で話したことがあるのですが、 浮世離れした話だったせいか(温かい声もいただきましたが)反応が芳しくなく、そのままお蔵入りさせていました。 大きな間違いはないものと思っていますが、 例によってとんでもない誤解、勘違いがあるかもしれません。 あるいはとっくに誰かが研究していて、周知のことだったりするかもしれません。 その分には、いろいろご教示いただければ幸いです。


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