last revised 2020.12 / 2020.10
吉村洋介

5.光吸収・発光と光化学反応

紫外・可視の光の持つエネルギーは電子状態変化に相当するエネルギー領域にあり、 そのスペクトルはしばしば電子スペクトルと呼ばれる。 本課題では種々の有機分子を対象として、紫外・可視領域の光を用いた光吸収・発光(蛍光)及び光化学反応に関わって、 幅広く定性的なレベルでの実験を行う。

蛍光の実験はまず典型的な蛍光物質であるフルオレセインについて、 蛍光スペクトルの特性を確認し、標準スペクトルと比較することで検出装置の感度の波長依存性を調べる。 次いでアントラセンを用いて吸収・発光スペクトルの振動構造等について検討する。 また生体関連物質に関わって、光合成色素における光吸収・発光現象に触れ、 蛍光を用いたリボフラビン(ビラミンB2)の定性試験にも挑戦する。

光化学反応としてはアントラセンの光二量化反応を取り上げ、 アントラセンの反応性について、簡単なヒュッケル法による電子状態計算から考察を加える。

安全上の注意

予習課題

  1. 蛍光スペクトルの強度の表記において、1.3の式(2)の関係式が成立することを確認すること。 仮に蛍光スペクトル強度が\(F_\mrm{e}(\lambda)\)で表示され、次式で与えられていたとすると

    \begin{equation} F_\mrm{e}(\lambda) = \frac{1}{(\lambda - \mrm{500~ nm})^2 + \mrm{1600~ nm^2}} ~ \mrm{J~nm} \label{eq:exp_samp} \end{equation}

    \(F_\mrm{q}(\tilde{\nu})\) 表示ではどのような式で表されることになるか? またスペクトル強度の最大値は何 cm-1に現れることになるか?
  2. 発光ダイオード(LED、Light Emitting Diode)は、伝導帯の電子と価電子帯の正孔(ホール)が結合する際に発生するエネルギーを光に変換する素子と言える。 LEDにかける電圧(伝導帯と価電子帯のエネルギー差(バンドギャップ)に相当する)が 2 Vの場合、何 nm程度の光が発生することになるか? また紫外部350 nm付近の光を出すLEDには少なくとも何Vの電圧をかける必要があるか?
  3. 【余裕があれば】付録のアントラセンの電子状態に対する単純ヒュッケル(Hückel) 分子軌道法の問題を解いておこう。
  1. 蛍光スペクトル
  2. 蛍光・吸収スペクトルの実験
  3. アントラセンの光二量化

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光吸収・発光と光化学反応のこと

化学教室では光化学に関わるさまざまな研究が行われているのですが、 残念ながら学部向けに開講されている講義では、 カーシャ Kasha 則などごく初歩的な話さえ、述べられる機会がありません。 そこでこの課題では、 光の吸収にともなう発光現象、 そして化学反応について、 取りあえず定性的なレベルで幅広く触れることを目指しています。

実験ではまず光源、特に LED のスペクトルを調べてもらいます。 そして蛍光物質として有名なフルオレセイン、アントラセンを見た後、 光吸収に関わってわれわれに身近な光合成色素の性質を見ます。 最後に古典的な光化学反応として著名な、 アントラセンの光二量化反応に挑戦してもらうという流れです。 実験課題としては、用意してあるレポートシートに記入して完成させ、 測定して得た種々のスペクトルのファイル等を提出して、 課題完了という運びです。 いろんなものを浅く広く触ってもらう形なので、 データ、グラフが多くなり足を取られがちになるので、 一つ一つ確実に整理しながら、作業を進めていってもらえればと思います。

図 1. ぼくが説明の時にいつも出す注意書きです。 ただやみくもに実験しておればよい、測っておればよいというものではないはずです。 「こんな実験に何の意味があるのか」といった挑戦状を、 教員に叩きつけるぐらいの気持ちを持っていて欲しいのですが・・・

CHEMUSB4 分光光度計の取り扱い

A実験ではCHEMUSB4 分光光度計を使って光吸収の実験を行いましたが、 ここでは光吸収とともに、蛍光の測定も行います。 蛍光の測定は、 光吸収の測定の時と同様に、 光学セルに試料溶液を入れ、 組み込みの光源を切った状態で光照射を行い、 放出される光を測るという、 簡易な方法で行います。 光の照射方向等で、 蛍光強度は変わりますが、 定性的なレベルの実験であれば、 これで十分です。 また蛍光測定用の分光光度計と違い、 感度は余り高くないので、 目で見て蛍光が出ていることが確認できるぐらいの、 よく光る(蛍光の量子収率の高い)試料を、 ここではもっぱら扱います。

図1a. CHEMUSB 4 分光光度計は、 分光光度計本体(USB4000)と光源・セルホルダー(USB-ISS-UV-VIS)からなる。 図1b. 見やすいようにセルホルダー(USB-ISS-UV-VIS)を分離して、 ミクロ光学セルにフルオレセイン溶液を入れたものを挿入。 図1c. 上部からキーライトで青色光を照射。 フルオレセインの蛍光が現れる。 実験では分光光度計本体(USB4000)を接続、 この蛍光のスペクトルを調べることになる。

スペクトルデータの取り扱い

A実験の光吸収の実験で、 得られた吸収スペクトルの波長較正等を行うために、 excel シートのマクロを使ってもらいました。 ここでも同様に CHEMUSB4で得られる、吸収・発光スペクトルについて、 次のような処理を行ってもらいます (A実験では 350 nm より短波長は無視しましたが、今回 250 nm からデータを取ります):

  1. 分光器の波長較正(656.1 nmのD2ランプの輝線を利用)
  2. 分光器ごとの波長設定の相違の平準化(分光器内に配置された光学素子に割り当てられた波長が微妙に異なる)
  3. データ量の軽減
    1. 装置の分解能がせいぜい 1 nm程度なので、デフォルトで与えられる、ほぼ0.2 nmごと3648個のデータはもっと圧縮してよい。
    2. 今回の実験では250 nm以下の波長域は溶媒(あるいは光学セル)の吸収があって測定困難で、800 nm以上は装置的に測定が困難

この処理のため、今回は Igor を使用する前提で、 Igor用のマクロを用意してあります。 また一端 wave として読み込んだ、波長-吸光度、波長-光強度データの変換のためのマクロも用意しました。 このマクロで処理して得られる wave には 1 nm 刻みで、吸光度、発光強度のデータが収められることになっています。 これで何とか最低限の処理はできるのですが、何分素人細工。 こういった方面に明るい人には、 もっと気の利いたものを作って提供していただけるようお願いしたいところです。


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