コバルト(III)のアンミン錯体を合成し、その光吸収スペクトルを測定する。合成に先立ってろ過操作、結晶分取の基本を確認する。
ろ過には対象・目的に応じてさまざまな手法がある。 比較的大きな粒子(~0.1 mm)から溶液を分け取る操作などでは、スポイトで溶液を吸い取ったり布等で漉しとることで十分目的を達することができる(漉過 straining)。 さらに小さな粒子(~1 µm)についてはろ紙を用いることになる(濾過 filtration)。 また吸引ろ過は、粒子に付着した液切りが容易なので、結晶を分取する操作で頻繁に用いられる。 なお一般にろ紙上の沈殿物(ケーキ cake と呼ぶ)が、沈殿を濾しとる作用が働き、 ろ過の進行とともにより清澄なろ液が得られるようになる。
再結晶操作等で結晶を析出・分取する際には、結晶があまりに微細であると表面に付いた不純物を除くのが困難で、 結晶の成長に十分時間をかけるのが望ましい。 ここでは結晶の成長速度が極端に異なる例として、中和による水酸化アルミニウムの生成について、 アンモニア水添加による方法と尿素の分解を利用した均一沈殿法とを取り上げた。 今回の均一沈殿法では、水溶液中での尿素のアンモニアと二酸化炭素への分解(70 °C 程度以上で目に見えて進むようになる)によってpHがゆっくり上がることを利用している。
錯体化学 coordination chemistry の出発点は、彩り豊かで多様な性質を示すコバルト錯体の研究にあったともいえる。 今回合成するのは [Co(NH3)6]Cl3(ルテオ(黄色) Luteo 塩)と [Co(NH3)5Cl]Cl2(プルプレオ(赤紫色) Purpureo 塩)で、 コバルトと塩素の比率が同じく1:3でありながら、硝酸銀を加えて沈殿してくる塩化銀の量が異なる。 また [Co(en)2Cl2]Cl については2種の幾何異性体(プラセオ(緑色) Praseo 塩とビオレオ(紫色) Vioreo 塩)が得られる(en = エチレンジアミン)。 こうした現象を説明するため、19世紀末になって錯体の正八面体型の配位構造が提唱され、今日的な錯体の理解の骨格が形成されるに至った。
コバルトの塩では酸化数 2 と 3 のものがよく知られており、Co(II)のアンミン錯体は比較的容易に酸化されてCo(III)の錯体になる。 Co(III) 錯体の配位子の交換は起きにくいが、活性炭は配位子交換の触媒として働くことが知られている。 [Co(en)3] Cl3 などでは活性炭が存在すると光学異性体のラセミ化が起きる。
Co(III)錯体はさまざまな彩りを示す。 Co(III)錯体の吸収スペクトルにはおおむね2つのなだらかな比較的弱い吸収帯が現れ、 配位子によって吸収帯がシフトする。シフトの大きさは配位子によって異なり、一般に Cl よりアンモニアの方がより短波長側にシフトさせることが知られている (シフトさせる効果の順番に配位子を並べたものを分光化学系列 spectrochemical series と呼ぶ)。
図1C. コバルト(III)錯体の光吸収スペクトル |
遷移元素に関わる「ものづくり」と種々の物性に関わる実験としては、 やはり錯体化学の原点とも言うべきコバルト錯体は入れておきたいところです。 入門化学実験の出発当初は、銅の課題とコバルト錯体の課題を選択制にしていました。 けれども大きく異なる2つの課題を同時に走らせるのには無理があり、 2013 年度からは年度ごとに、ほぼ交互に実施するように転換しました。
さてコバルト錯体の実験と言っても、 錯体化学の原点とでもいうべきものだけあって、いわゆるウェルナー錯体に限っても、 赤、黄、緑などなど、まさに多彩な錯体があります。 また幾何異性体や光学異性体の存在など、 歴史的にも重要なトピックにも目配りしたいところではあります。 というところで取り扱う対象が膨らんだり縮んだりした挙句、初心者向きで色のちがいも鮮やかな、 ルテオ塩とプルプレオ塩の合成と吸収スペクトルの測定というところに落ち着きました (光学異性体の実験は3回生の実験に送る形になりました。 幾何異性体はお蔵入り・・・)。
この課題は、「銅塩の合成と性質」同様に、 大きく基本操作であるろ過に関する実験とコバルト錯体の実験で構成しています。 ろ過に関しては、「銅塩の合成と性質」の「ろ過と結晶分取」のページを見てください。 コバルト錯体の合成などについては、下記サイトを参照ください。